03-08



「いいかい、サトルくん。図書館の本は置き方に共通のルールがある」


 携帯端末の小さな画面の向こう側、煙を纏った色男は2本目の煙草に火をつけながらそう述べた。


「その本のジャンルやテーマによってグループに分けて、グループごとに順番に並べて配置しているんだ。概ね本棚ごとにそのグループが別れていると思えばよいだろう。本の背表紙の下の方に、小さなラベルが貼っていないかい? それに書いてあるのがその本が分類されたグループさ」


 ほう、と相槌を打ちながら顔のすぐ真ん前の本に目をやってみる。

 たしかに本の背表紙の下の方に、3段に別れた小さなラベルが貼ってある。そのラベルの一番上の段には694と記載されていた。


「きみが今見てるのは……694か。音楽の分類番号は760だから、その棚を探すと良いだろう」


 なるほど、760と書いている本がある棚を探せばいいんだな。こういう目印というか、目星がつけられるのは非常にありがたい。この物量を前に一冊一冊虱潰しにするのはあまりにも途方もなく、何度も心が折れそうになったからな。……1時間前に教えてくれたらもっと良かったのだがな。


「……しかしきみは運が良いのかもしれないな」


「……ん? どういうことだ?」


「昨日、解散した後あの童謡の作者について調べてみたんだが、どうやら彼女、ゴメンマチ ノブコはIT分野における評論家としての側面も有していたようだ」


「分類番号694は電気通信事業にかかる本のグループだ。もしかしたら彼女の著書があるかもしれないね」


 サイカワはふっと軽やかに白い煙を吐きながら答えた。



 ゴメンマチ ノブコ。童謡の作家でありながらIT業界の評論家。二刀流にしたってジャンルが違いすぎる。右手に日本刀、左手に青龍刀を持ってるくらいの振り幅だ。

 そのIT分野の評論家は、どんな思いを込めてその童謡を作ったのだろうか。俄然気になってきた。


「そうだったのか。とても多才な方だったんだな。……だがまずは楽譜を探すとするよ。分類番号は760だったよな? 今から見に行く。教えてくれてありがとうな」


「どういたしまして。というかはじめに教えておくべきだったね、済まない。これを吸ったら僕も探しに戻るよ」


 サイカワの返答を聞いてから通話終了ボタンを押した。

 目の前の本に視線を戻す。その背表紙の下側には694と書かれたラベル。サイカワとの会話において、ラベルのルールを確認する際に例とした本だ。ラベルに注目してしまっていたから気づかなかったが、ラベルの上に書かれた文字はノブコだった。


 この位置に書かれるのって著者名だよな……と思いつつ目線を徐々に上に滑らせていくと、そこにあった文字列は。


 ゴメンマチ ノブコ。


 え? 嘘でしょ? そんなことある?

 本当に評論家としての著書があったのも驚きだが、たまたまその本について話した瞬間に、正面にあった本がまさにそれだったのにはなにか、運命のようなものを感じる。思わずその本に手が伸びた。

 たしか新書と呼ばれる本のサイズ、縦に長めのその本は2cmの厚さで、あまり手に取られることは無かったのか、状態は非常に良かった。本のタイトルは――「ノアの方舟構想とその展望」。

 何のことを言っているか全く分からないタイトルだが、不思議と本棚に戻す気にならなかった。


 ――借りていこう。借り方は……わからないし、勝手に持っていっても誰も困らないだろうけど、なんかの紙に借りる旨を書いてカウンターにでも置いておけばよいか。

 来るときに目もくれずにかわしたカウンターへ戻る。埃がそこそこ厚く積もったカウンターの端に、小さなメモ帳を見つけた。1枚だけ切り取って、借りたい本の題名と著者名、そして自分の名前と連絡先を書いてカウンターの上に載せた。


 よし。これでいいだろう。家に帰ったら読もう。

 さて、本来の用事に戻るか。分類番号は760だったな。


 またカウンターの裏側に回り、分類番号760の本が置かれている本棚を探す。案外簡単に見つかった。やはりがむしゃらに探すより、目星がある方が早い。


 けど、ここから探すのも大変だよなぁ。

 ……思えば、それほど有名な曲ではなかったんだよな。だとすればそこまで売れてないはずなのだから、その曲だけで一冊の本になっているとは考えにくい。

 童謡百選みたいな歌集を探す方が良いかもしれない。

 そう読んで、頭に「あわれなおにのゆくすえ」と「ゴメンマチノブコ」を唱えながらも、歌集を主に探した。



―――――――



 10冊程度、童謡だったり名曲をまとめた本を漁ったところで、それを見つけた。

 見開き2ページ、左側のページには歌詞と挿絵、右側のページには楽譜が乗っている。

 やっと見つけた! 

 時計に目をやると約束の時間に迫っていた。

 良かった。思ったよりも早く見つかった。徹夜コースまで覚悟していたから嬉しい。こんなとこで夜を明かしたくはない。


 この見開き2ページだけで十分そうだな。

 なんかちょっといけないことをしている気持ちになるけど、ここだけ写真にとってサイカワに送ってしまおう。個人利用の範囲ってことで。というか作者の亡くなった時期からの経過年を考えればもはやパブリックドメインか?


 パシャ。

 ピンぼけしてないことを確認してから送信した。

 初めて目にしたその歌詞の全てに、得も知れない不気味さを覚えながら。


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