02-10
山あいの道を車は走る。
俺たち以外に車はおろか人の影もない。
先程まで空を覆っていた曇には少しだけ隙間が空いて、青空が顔を覗かせているが、周りの木々に遮られ、その全貌を見ることはできない。
ようやく、俺たちはお互いの自己紹介を終えた。
先程までの陰鬱な雰囲気はどこへやら、和気藹々とした空気が車内と部屋を包んでいた。
ヒカリとミレイは持ってきたお菓子を食べながら楽しそうに談笑している。外の景色を見ながら、やれあれはこういう種類の木だとか、物理空間についてうんちくを垂れている。
ヒカリは、事故のことは伏せて、10歳の頃に電脳空間に移住した、とだけ伝えたようだ。また、暗い雰囲気になることを避けたかったのだろう。ミレイも特に違和感を覚えなかったようだ。
……おっと、あの看板は……
「おーい、ヒカリ、ミレイ。そろそろシノノメに着くぞ」
「うん、さっき看板が見えたね、ここからシノノメっていう看板。たしかあそこのトンネルを抜けたら、海が見えるんじゃなかったっけ?」
「あー、そうだったそうだった。トンネルを抜けると正面には海があって、道路としては左にカーブしながら下ってくんだよな、シノノメの市街地に向かって」
「そう、道路の右側に長いなだらかな斜面があって、その先に海がある感じだったよね。斜面には空き家の残骸と雑草まみれの空き地がたくさんあったと思うけど……10年も経つとどうなっちゃってるんだろう」
「かなり緑化が進んでいそうね……それこそ森になっていそう。お母さんはその景色の何が見たかったのかしら……」
俺もミレイと同じ予想をしていた。
10年前ですら雑草まみれの町だったのだ。シノノメは都市部に近いわけでもない。住むのに都合のよい地理でもない。三方を山に囲われ、一方は海に面した狭い土地だ。敵軍の侵攻を遅らせるのには適当かもしれないが、今は戦国時代ではない。人が住み着くわけがない。草木が茂って然るべしだ。
車はトンネルに入った。300mほどのトンネルだ。
暗い筒の奥に見える円形の光がどんどんと大きくなってくる。
出口に近づくに連れ、3人に緊張が走る。
出口の先に見える景色への期待が滲む。
出口がすぐそこまで来た。
視界が白に包まれる。
全くの白になった後、目に飛んできたものは。
緑色の草木ではなく、金属光沢を伴う灰色。
かつての廃屋、雑草まみれの空き地は消え去り、所狭しと灰色の建物が埋め尽くされている。
無数の配管をうじゃうじゃと身体に纏わせているそれらは、所々に大きな煙突を2本、3本持っていて、どうやら1つの化学工場プラントのようだった。
「……なに…………これ……」
ヒカリが呟いた。
……わからない。
自分の見ている景色が信じられない。
思考が止まる。思わず車も停めていた。
どうしてこんなものが建てられている?
誰がこんなことした? いや、できたんだ?
こんな大規模な建造物を物理空間に作ることができる存在なんて、現代の物理空間にはいない。
そして、なんの目的で? 何をしようとしているんだ?
……だめだ、わからない。
思考が堂々巡りしているのを感じる。
「あっ」
ミレイが何か気付いたようだった。
携帯用端末の画面を見た。
「…………ウチの……マーク」
震える手で窓の外を指差すミレイ。
奥の方に見える一番大きな建物に目を凝らすと、そこには黄土色の立方体。
株式会社ノアボックスのロゴマークだった。
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