02-05
「―――――サトルくん?」
ミレイの声で我に返った。
久々に聞いた町の名前に、すこしぼーっとしてしまったようだ。
「ん、あ、あぁ、すまない。……シノノメか。たしかに俺の住んでいる町からは少し距離があるけれど、全然行けない距離じゃあないよ」
「そう、それなら良いけど……無理させてないかしら?」
ミレイは心配そうにこちらを見ている。
たしかに物理空間に住んでいる普通の人だったら、車で片道2時間は結構ハードル高いけど。
自身の境遇に感謝。社用車使っちゃお。
「ん、大丈夫大丈夫。けど少し準備をしなきゃいけないから、今すぐってのはさすがに無理だ。今度の日曜日はどうだろうか?」
ミレイに提案しながらヒカリの様子を横目で伺う。
日曜日が空いているかも気になるけれど……一番は行先が行先だから、そもそも行く気があるかどうか。
こちらをちらりと見たヒカリと目があった。
そしてニコリと微笑む。
――私は大丈夫。
そう言っているように感じた。
「私は大丈夫よ。貴方の都合の良いときで構わないわ」
「私も大丈夫だから、じゃあ、日曜日で決定ね! 朝9時に出発しよう! おやつは300円までね!」
ミレイが答えた直後、間髪を入れずにヒカリが答える。
努めて明るくしているように感じた。
「……おやつは300円までって遠足かよ」
「食べすぎると太っちゃうからね! ミレイちゃん、当日は私の家まで来てくれるかな? 後で住所送るから」
「えぇ、わかったわ。……サトルくんの端末上のお部屋はヒカリちゃんの家から行けるってことなの?」
「うんと、すごーく近い、が正確な答えかな。サトルの端末の部屋へのアクセスルートは私の家の隣に設定してあるから」
電脳空間上のヒカリの家はかつて物理空間に住んでいたときと同じ場所にある。
今俺が物理空間上で住んでいる家の隣。
ヒカリの家はかなり前の代から長く住んでいた家で、経年劣化による倒壊の危険があったために、あの事故で持ち主がいなくなったときに物理側は壊されてしまった。
取り壊しの際、ヒカリと2人で泣いた記憶がある。
――いかんな、あの町の名前を聞いてからというものの、どうしても昔を思い出してしまう。
ちなみに電脳空間上でヒカリの家の隣、つまり物理空間上で俺の家が建てられている敷地は空き地らしい。だから俺の端末上の部屋へのアクセスルートを設置したそうだ。勝手に。……ヒカリってこういうところ思いきりいいのよな。
「なるほどね、わかったわ。じゃあ当日9時前までに着くように行くわね。……本当にありがとう。お母さんがシノノメで何を見たがっていたか、どうしても知りたかったの。だからとても助かるわ」
「いいっていいって、気にするな。――じゃあ、今日のところはひとまずお開きかな?」
ヒカリを見やる。同じことを考えていたようだ。
「そうだね、後はサトルと私で日曜日までに部屋の片付けとか準備をするだけだしね」
「ありがとう。じゃあ、あまり長居しても二人の時間を奪ってしまうし、そろそろお暇させていただこうかしら」
そう言いながらミレイはゆっくりと立ち上がった。
と思うと、なにかを思い出したように紙とペンを取り出して、何かを書いて俺に見せてきた。
「ヒカリちゃんはもう知っているけど、なにかあったときのために念のためサトルくんにも私の連絡先を教えておくわ。はい、これスクリーンショット撮って」
画面いっぱいに映るように紙をカメラに近づけているようだ。
……近すぎて少しピンぼけ気味だけど読めるからいいか。
えぇと……………スクリーンショットのボタンは……これだ。
パシャ。
無事に撮れているか念のため確認する。
「ありがとう、撮れた。問題なく撮れてそ…………」
そこに書いてある名前を見た瞬間、それから先の言葉を忘れてしまった。
――――オニヅカ、ミレイ。
その名字は、ここ最近の人類史において最も有名で聞き慣れたものと同じだった。
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