02-03
「……端末の中に部屋?」
正面に座るミレイはポカンとした表情のまま、そう尋ねた。
「そう、持ち運びの可能なこの携帯端末に仮想的な部屋を構築するんだ」
横に座るヒカリはニコニコとヒカリを見つめている。
ミレイはまだ混乱しているようだ。
続けて説明する。
「もちろん先にも述べた通り、このテレビ電話を繋いだまま、俺が物理空間を歩き回るのが最も簡単な方法だ。けどそれはきっと味気ないし、見に行った気にはならないだろう。そこで、部屋の提案だ。」
「ヒカリやミレイは電脳空間に住んでいるだろう? 当たり前だけど、それってつまり、人が住めるような空間のデータが蓄積され、サーバ上で仮想的に構築されているということだ」
「そして、メタ的な言い方をすれば、ヒカリやミレイはそのデータにアクセスすることによって、その空間に行くことができているんだ」
「えぇ、そのとおりね。こちらに住んでいる私達は、その空間に行くために実際に移動するという行為を体験しているように感じるからそうは思わないけど、サーバ上の処理としてはそうなっているでしょうね」
理解が早くて助かる。
……やはり妙に詳しいな。――まさか、同業者か?
「そう。だとすれば、ネットワークに接続され、アクセスすることのできる空間を構築さえできれば、たとえそれを構築しているデバイスが『ボックス』を構築しているサーバでなくても、ヒカリやミレイはそこに行けるということだ。過去の電脳空間の住人が物理空間上のIoT機器にアクセスしてたようにな」
「現在の物理空間においてネットワークに接続されている機器は非常に少ないが、全くないってわけではない。その基板上に保管しているデータが個人情報の塊ゆえに、セキュリティの観点からその中にアクセスできる空間が用意されておらず、行くことができる機器として認知されていないだけで、この携帯端末だって"ネットワークに接続された機器"という点では、過去の電脳空間の住人がアクセスしていたIoT機器と変わらない」
「だったらアクセスできる空間を作ればよい、という発想からできたのが部屋だ。実際にヒカリは何度も来ている。そこにミレイを招待するよ。大っきな窓のついた部屋だ。携帯端末のカメラの映像をその窓に映す。俺はそれを持って物理空間を移動する」
「やってることはカメラを通して外を見るだけだからテレビ電話と大して変わんないんだけどね、この方が不思議と行った感があるんだよね! イメージは専用のバスで園内を移動するサファリパークみたいな感じ?」
ヒカリは作ってきたサンドイッチを食べながら補足を入れた。
なんてわかりやすい例え。そういうのすぐ出てくるのも才能だよな。
……というか最後まで食べるの我慢しなさいよ、食べながらでもいいかなとか言いつつもミレイが来てからはずっと控えていたじゃないの。
ミレイは少しだけ逡巡したあと、ヒカリと俺を交互に見ながら答えた。
「そういう方法もあるのね……せっかくなら臨場感のありそうな方が良いかしら。…………うん、その方法でお願いしたいわ」
氷のような雰囲気に反して意外とフットワークは軽いらしい。
……初めて聞く人からすれば結構怪しげなことをしているように捉えられかねないと思ってたんだけどな。案外素直に受け入れられたな。
ヒカリは相変わらずニコニコだ。
……わかった。初めて自分以外に部屋に誰かが来てくれるから嬉しいんだな。
「あぁ、全く問題ない。……ヒカリ、部屋の掃除をお願いしても良いか?」
「いいよー! てか私の物たくさん置いちゃってるから持ち帰らなきゃ!」
……おい。知らないところで人の端末を勝手に物置にするんじゃあないよ。
予想外のカミングアウトに苦笑いが出た。
正面のミライはクスクスと笑っている。
よし、見る手段については方針が固まったな。
あとはスケジュールか。
……いや、その前に最も重要なことが抜けているな。
「そういえば、今回見に行きたい場所は、お母さんが見たいと言っていた場所なんだろう? 具体的にどこかは知っているのか?」
「えぇ、もちろん。――シノノメよ」
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