ひみつの風せん

Tukuyo

第1話

 女の子は風せんが大好きでした。まるい風せんは、ぽーんと放ると空に吸い込まれるように昇ってゆき、ゆるりと宙にこを描いておりてきます。


 暑い夏の日のことです。原っぱのまん中で、女の子は風せんであそんでいました。黄色い太陽にかさなると、そのまばゆさに風せんは一しゅん見えなくなって、やがてふわりと女の子のうでへ戻ってきます。ぽーん、ぽーんと風せんを放りながら、女の子はくるくるおどって笑うのでした。

 女の子にはたくさんの友だちがいました。太陽そっくりのひまわりの花も、花のミツを集めてまわるミツバチも、樹のみきにかくれて鳴くセミも、みんな女の子の友だちです。ずっと向こうの高い山から吹く風さえも、女の子とじゃれているようでした。けれど、ひとりなのにたのしそうな女の子を見て、大人はみんな首をかしげるのでした。


 原っぱのすみに、一本のさくらんぼの木がありました。さくらんぼの木は毎年いっぱいの実をつけて、子どもたちをよろこばせます。女の子もさくらんぼが大好きでしたが、木のぼりが苦手だったので、いつも下から見上げるばかりでした。空の鳥はさくらんぼをくわえていきますが女の子にはくれませんし、風は吹いても赤い実を落としてはくれません。さくらんぼの木に語りかけても、答えてはくれないようでした。


 ある日、女の子はいいことを思いつきました。風せんです。風せんにたのんで、さくらんぼの実を取ってきてもらうのです。女の子は抱えていた風せんにいいました。

「あのさくらんぼの実を、ひとつだけ取ってきてちょうだい」

そしてぽーん、と風船を放ったのです。

 しかし風せんはさくらんぼの実まで届かず、ゆっくりとおりてきてしまいました。そこで女の子はもう一度、さっきよりも高く風せんを放りました。けれどやっぱり風せんはさくらんぼまで届かずに、女の子のうでに戻ってきてしまうのです。

 何度も何度も、女の子は風せんを放りました。しかしとうとう、風せんがさくらんぼに届くことはありませんでした。


 女の子は悲しくなって、さくらんぼの木の下で泣きました。それは女の子にはどうしようもないことでしたし、風せんにもどうしようもないことだったのです。

 そこに通りかかった大人が、女の子にどうしたのかとたずねました。大人は笑っていいました。

「風せんでさくらんぼを?そんなことはできっこないよ。どれ、ここで待ってなさい」

大人ははしごを持ってきて、さくらんぼの木に下に立てました。そしてすいすいとはしごを登っていき、あっというまにまっ赤なさくらんぼの実をひとつ、女の子に取ってきてくれたのです。

 女の子はびっくりして、それからますます悲しくなりました。大人はさくらんぼを取ってくれましたが、女の子ははしごなんて使うつもりはなかったのです。女の子をなぐさめようと、原っぱのみんなはいっそう夏の光にかがやきました。

 

 大人が行ってしまったあと、女の子はじっとさくらんぼを見つめていました。つやつやと丸くて大きい、おいしそうなさくらんぼです。

 女の子がもっと小さかったころ、風せんはあのさくらんぼに届いていたはずなのに。

 この原っぱで、大好きな風せんが女の子のねがいごとをかなえてくれないことなんて、一度もなかったのに。


 しばらくしてから、女の子はギュッと目をつむって、ぱくりとさくらんぼをたべました。


 夕方になると、風が強くなりました。嵐が近づいてきています。

 本当はもっとあそんでいたかったのですが、早く家におかえりなさいとみんながいうので、女の子は心をこめて、原っぱにさよならのあいさつをしました。

「本当はね」

 家のとびらの前で、女の子は抱えていた風せんにそっとささやきました。

「本当は、大人になんてなりたくないのよ」

それから女の子は、暗くなった空へと風せんを放りました。


 びゅうびゅう風が吹いています。ゆるりとこを描いて戻ってくるはずの風せんは、強い風にあおられて、灰色の空に吸い込まれていきました。

 女の子の秘みつは、誰に知られることもなく、高い高い空の向こうへと飛んでいったのです。


 窓の外は嵐です。ベッドの中で女の子はひとり、あの風せんのゆくえを考えていました。今ごろはきっと山をこえて海をわたり、ずっとずっと遠くまで旅をしているのでしょう。


 海よりも広くつづく空に、たくさんの風せんが飛んでいきます。

 小さな小さな秘みつをのせて、どこまでもどこまでも飛んでいきます。

 もう戻ってはこない風せんを見上げて、大人はそっと手をふるのです。

 

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ひみつの風せん Tukuyo @utautubasa

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