二
深海のような闇から浮かびあがっていく。自分に手足があり、指があり、頭がついていて心のある生き物だという自覚が生まれてくる。
春洲菜々歌は動けなかった。美しく青く光る海面が間近なのにどうしてもたどり着かない。上昇の速度はすっかり緩み、茫漠とした暗がりを漂っている。
「死んでるね」
鼓膜が震えた。幼い声だった。
「兄さんも、そう思わない?」
誰か他にいるのか。
「確かめろってこと? 触りたくないな」
お願い、助けて。こんなところで死にたくない。
「いっそ食べちゃおっか」
きれいな人だし。声に続いて、くすくすと笑い声が響いた。
なにを言ってるんだろう。いや、それどころじゃない。早く声をかけないといけない。自分が生きていることを示し、この人たちに救ってもらわなければならない。
菜々歌は気力を振り絞った。闇に水平の切れ目が入り、瞼が開いたと知った。ぼやけた景色が目に入る。ここはどこだろう。緑に埋めつくされ、まるで深い森の中のようだ。
片手にスマートフォンらしきものを手にした少女が立っていた。濃紫のワンピースに深紅のケープコートを羽織っている。鬱蒼とした木々に囲まれて立つ姿は、まるで童話に登場する赤ずきんちゃんのようだ。
「……たすけて」
ほろほろと涙がこぼれた。深い闇の底へ菜々歌の意識は急降下し、そして消えた。
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