第39話 巧妙な動画
「高木、動画投稿時には概要欄に出来る限りここねこへの感謝の思いや尊敬していることなどを書くんだぞ。で、素晴らしい曲を作ったここねこさんとVVVさんに感謝とでも書いておくといい」
「わかった。けどなんで?」
「俺らが批判しても仕方がないのはわかっているだろ? こうなれば誉め殺しだ。褒めて褒めて褒めまくろう。あと、調べた感じこの曲を歌ってみた動画にしているVtuberはいなさそうだ。削除されないようにも褒めておこう。いっぱい褒められてたら削除しにくいだろ?」
「…… 性格悪いね」
「恨みは深いってことだな。どうせ共演NGなんだ。好きにやればいいさ」
「まあそうだね」
その場で投稿し、解散となる。帰り道が一緒な高木と話す。
「ねえ、どんな反応が来るかな? ここねこファンから怒りのコメントとか来ないかな?」
「まあそれも含めて楽しもうぜ。多少変なコメントは来るかもしれないが、Vキャストの視聴者なら喜んでくれるだろ。それにVVVやここねこから直接言及が来ることはないさ」
「そうなの?」
「おそらくだが。今まで、公式に他事務所を批判するような言動を見たことがないからな。そういうトラブルは極力避けているはずだ。あり得るパターンとしては動画削除要請だが、これも悪手すぎる」
「まあ、そういうなら気楽に構えようかな…… でも怖いからしばらくはコメント欄見ないでおこう」
「ああ、そうしておくといいぞ。俺は変な炎上しないかだけチェックしとく」
帰宅後、風呂上がりの夜。
『すごい速度で動画再生されています! 盛り上がっていますよ!』
『ほんとだ〜 今日中に10万再生いくんじゃない?』
『あり得ますね! 概ね高評価でいい感じですね!』
俺も急いでコメントをチェックする。「すごい良かった」「声が綺麗」と言ったコメントが上位に来ている。「他事務所の曲歌っていいの?」と言ったコメントも散見されるが、良い評価の方がはるかに多い。今のところいい流れだな。安心して寝れそうだ。
「はい、もしもし」
「ここねこですけど〜」
「ここねこさん、どうしましたか?」
「動画見た?」
「なんの動画でしょう?」
「水咲ネネの動画。私の曲を歌ってみたって出しているんだけど」
「…… 本当ですね。結構再生されているみたいですね」
「本家よりいい、とかコメントあってムカつくんだけど。しかも共演NGした当てつけじゃん絶対。なんとかならないの?」
「なんとかってなんでしょうか?」
「削除させるとか」
「あー…… まず、落ち着いてくださいね。えーっと…… 炎上しかねないのでこの件に関してSNSに批判的コメントを書くのは控えましょう」
「わかった。それで?」
「削除ですが…… できなくはないです。著作権侵害の申請を出せば削除できる可能性はあります。ただ、大問題が発生する可能性があります」
「なんで?」
「我々も色々な歌ってみた動画を出しているからです。厳密には著作権でOKとされているか否かという差はありますが視聴者にはその違いは見えません。VVVは自分はOKなのに他社はNGとするような事務所なのかと批判が殺到する可能性があります。なので…… 内容面で説明できる妥当性がない限り、削除は難しいです。VVVやここねこさんに批判的な内容が含まれたりしていますか?」
「いや…… 普通に歌っていただけだった。それがむしろムカつくけど」
「なるほど。その場合ですとやはり静観するしかないかと。申し訳ございませんがここは落ち着いてください」
「わかった、何かあればまた連絡します」
通話が終了し、ここねこのマネージャーは息をつく。気性が荒すぎて、本当に猫のような存在のここねこの扱いは難しい。だが、今回の件は明らかに悪意のある嫌がらせであることは同意できる。しかし、何も対応できない、巧妙な動画だ。しばらくはここねこのメンタルケアが大変だな。そう考えながら仕事に戻るのであった。
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