屋根裏から聞こえてきた話

龍田乃々介

前編 幼い僕と怪談の日々

第1話 奇妙な校則

大人になってから、眠れない子供には昔話を聞かせたり子守歌を歌ったりするのが普通の家庭だと知った。

僕の家は、普通とはちょっと違っていたらしい。


眠れない夜、僕は怖い話を聞かされた。


それも、僕の部屋の天井の上、屋根裏部屋にいるから。

これはその話のうちの一つだ。



ある高校に、奇妙な校則があった。

[2階の渡り廊下は、外履きを履いて歩いてはならない。必ず上履きを履いて通行すること]

一見当たり前に思われるそのルールは、しっかりと生徒手帳に記されていて、オリエンテーションではスライド1枚を使って確実に説明がなされた。

当然、生徒はみんなこう思う。


「先生、どうしてそんな当たり前のことを書いたの?」


しかし先生は答えない。


「先生がここに来る前からあったルールなんだ」

「先生もわからないけど、大事なことだから校則になっているのよ」

「ルールはルールだ。無駄なこと考えてないで勉強しなさい」


誰も、その校則が定められた理由を答えることはない。

だから生徒たちは、その理由を好き勝手に想像し、まことしやかに語らった。

ある女子が言うには――

「昔2階の渡り廊下を下駄で走り回った不良がいて、うるさいって注意したら、校則にないからいいだろって言い返されたんだって。先生たちは悔しくて校則を増やしたけど、恥ずかしいから隠してるのよ」

またある男子が言うには――

「あそこにはいじめが原因で自殺した女の子が出るんだってさ。靴を隠されて学校から出られないから、あの渡り廊下を通る生徒が外履きを履いていたら、それを奪おうと襲ってくるらしい。まあ、学校はいじめを隠すもんだから、そりゃあ言えないよな」

そして、霊感のある一人の女子生徒が言うには――


「関係ないよ。上履きか外履きかなんて。

         

     大きな足音を立てるのが一番だめ。」


彼女の友達の女の子がどうして?と聞く。

彼女は黙って首を横に振り、「夕方は特に」とだけ言う。

納得できなかったその子は、空が茜色に染まる放課後にその廊下を訪れた。

履いていたのは、水に濡らしたゴム靴。

歩くとキュッキュッという音が静かな校舎にどこまでも響く。

その子は一歩ずつ、一歩ずつ、確実に音を鳴らしながら廊下を歩いた。

一歩。

また一歩。


一歩。 また、一歩。 キュッ。 キュッ。 キュッ。 キュゥッ。


音を立てて歩いて、

ついに。


反対側の校舎まで廊下を渡り終えた。


「……ほら、やっぱり。あいつただの嘘つきじゃん」

あーあ、時間を無駄にした。

そう思って元いた方へ引き返す彼女。


その足に突然、激痛が走った。

「いたぁっ!いぃっ、つ、ぁ、あああああああああっ!!!」

燃え上がるような痛みがみるみるうちに大きくなる。

足の裏から差すような痛みがズキズキと伝わってくる。

たまらずその場に倒れ込むと、床に触れた右腕から背中にかけてまでもが猛烈に痛み始める。

「いたいいたいいたいいたいっ!!なに、なにっ!なんなのよぉっ!!!」

やがて、全身が烈火のごとく痛み始める。

しかしどんなに悲痛な叫びを上げても、なぜか誰も助けに来ない。

校内にはまだ先生も生徒もいくらか残っているはずなのに。

まるで世界から人がいなくなってしまったかのような静寂が、孤独と絶望を彼女に与えた。

「やだっ、いたい、いたいいたいいたい、いたいよ、いたいよぉっ!!!」

ぼろぼろと泣き、喉を枯らして叫び、激痛を生む廊下を這いずる。這いずりながら前へ進む。

そうして、渡り廊下を引き返し終えたところで、彼女は気を失った。


あとから彼女とごく親しい友人だけが聞いた話。

あの日の夜、彼女が戸締り当番の先生に発見されたとき、彼女は赤のまだら模様に染まっていたという。

――全身から血が噴き出していた。

驚いた先生が悲鳴を上げながら駆け寄り、抱き上げて揺さぶり声を掛けた。

そのとき。

揺さぶった彼女から、ぽろぽろ、ぽろぽろと小さなものがいくつも零れ落ちた。



人間の爪、だったそうだ。



僕は屋根裏の何かに訊いた。

「その廊下は、なんだったの?」

屋根裏の存在は優しげな声で答えた。

「そこは異界の入り口だったんだよ。音の立つ靴で逢魔が時にそこを渡ると、この世ならざる世界に通じてしまう、危険な場所だったんだ。人間が立ち入ってはいけない場所。ただで引き返すことの許されない場所。

でもすぐに引き返したのは正解だったね。を渡りきっていたら、戻れなくなるだけじゃ済まなかったと思うよ」


「渡りきっていたら、どうなったの?」

「そうだね。いずれ出会っていただろう」

「何と出会うの?」


屋根裏の何かはくつくつと笑った。





「爪の持ち主」

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