第17話 生誕パーティー



 姿見の前で完全武装を終えたエイダは、ノックの音に振り返った。少しの間を開けて入ってきた、レナルドが驚いて目を見開き、感心したように頷いた。


「……さすがだな、エイダ。似合ってる」

「ふふっ、ありがと。貴方もね」


 肩を竦めたレナルドの装いは、一目で揃いだとわかる銀の混ざる淡い黄色。エイダのグレーの瞳と赤の強いチョコレートを差し色に、カフスや宝飾品はレナルドの瞳の青。

 ラフな服装を好むレナルドの正装姿は、神経質そうな繊細な美貌をより鋭利に見せ、まるで氷細工の芸術品のようだった。スタスタと長い足を運んで、エイダに近づき見下ろしたレナルドが、ふっと瞳を和ませた。

 

「……シュッツの誓いもまるで誂えたみたいだ」


 エイダの耳、首、指の三箇所で煌めく深い青の宝石。「シュッツの誓い」にレナルドは苦笑するように、笑みを浮かべた。


「気は重いけどね。宝石としても一級品じゃない……」

「さすがクラソンだな。目利きも一流だ」


 眉を顰めたエイダに、レナルドが肩をすくめた。

 単純に宝石としての価値も高いだろうサファイアは、確実にそれだけではない価値を秘めている。理由はレナルドが話してくれるのを待つほかないが、もう名付けられた銘からして怪しかった。シュッツ(守護者)の誓いなのだから。


「すごく似合ってる。ミアじゃもう相手にならなそうだ」


 レナルドらしい捻りのある褒め言葉に、エイダは自然に顔が綻んだ。素直に綺麗と言わないあたり、とてもレナルドらしい。


「彼女がこの程度でへこたれると? 確か誘い文句は一緒に戦おう、だったはずよね? まさか傍観者を気取るつもり?」


 驚いたように目を丸め、レナルドが笑い出す。

 

「……いいや、もちろん一緒に戦うさ」

「ふふっ、ねぇ、知ってる? アクセサリーは豪華なほど、攻撃力が高いって」


 眼前にピッと指を突き立てたエイダに、レナルドは訝しげに眉を顰めた。エイダの言葉の意味を、レナルドは数分後にはイヤというほど理解した。

 和かな笑みを貼り付けて、腕を組んで会場に入る。ざわりと振り返った人々が、レナルドの隣にぴたりと寄り添うエイダに鋭い視線を向けた。見本のような笑顔を貼り付けるエイダに、レナルドも懸命に笑みを浮かべて囁いた。


「……僕がアクセサリーか……」

「やっと気づいた? 銘はヘイヴン次期当主「レナルド・ヘイヴン」ね。ふふっ。顔が引き攣っているわよ? ちゃんと輝いて?」

「最悪だ……顔の筋肉が引き攣ってきた……」

「呆れた。始まったばかりよ?」


 囁き返したエイダは笑顔のまま、さりげなくあたりを見回した。目的の人物はすぐに見つかった。同じ年頃の令嬢たちが固まる華やかな集団の中心で、ミアは可憐なドレスが台無しの表情を浮かべている。


「……先制攻撃は成功ね」

「ドレスを妥協しなかった君が正しかったな。見ろよ、すごい顔してる」


 エイダの呟きにレナルドが、噴き出すのを堪えるように囁いた。

 ご機嫌なが、楽しそうにエイダに微笑みを向ける。相当豪華だからか、ミアどころか同じ年頃の令嬢たちにも効果が及んでいるようだ。


「首都の社交界は伏魔殿なのか? こうして精神攻撃とか……陰湿だな……」

「あら? ヘイヴンは健全だとでも?」


 ヒソヒソとこちらを見ながら囁きを交わす周囲に、レナルドは肩をすくめる。


「……たいして変わらないか」

「社交界なんてどこも同じよ」

「まあ、でもエイダ流の社交界の捌き方は非常に効果が高そうだ」

「お母様直伝よ。見栄っ張りにはより高価なものを。なんでもないように見せつけてあげれば大人しくなるんだって。貴方みたいに迷惑そうでも、結局相手にするようなお人よしはつけ込まれるのよ」


 顔を顰めるレナルドにエイダがくすくすと笑っていると、

 

「エイダ」


 やけに甘いレナルドの声に呼ばれる。顔を上げかけたエイダは、ぐいっと腰を引き寄せられた。思わず見上げたレナルドが、ニヤリと口元を緩める。


「エイダ、せっかくだから思う存分、見せびらかしてくれ。この際だ。愚か者は根こそぎ薙ぎ倒してしまおう」


 どうやらレナルドは開き直って、より立派なアクセサリーになることにしたらしい。エイダは赤くなるのを必死に堪え、レナルドを見上げる。


「……報酬がコムソルのデザートだけじゃ足りなくなるわよ?」

「構わない。ヘイヴンで僕にできないことはない」

「じゃあ、手記の全文かソムヌスの森の……」


 得意げに顎を逸らしたレナルドに、言い返そうとエイダが口を開きかける。


「ご機嫌よう、エイダ・クラソンさん」

「まあ、ご機嫌よう。ミア・ヘイヴンさん。またお会いできましたね」


 ミアの声にエイダはくるりと優雅に振り返った。装いに気合いの入った数人の令嬢を引き連れたミアは、にこやかな笑みを浮かべている。


「まさかエイダさんとこのパーティーで、お会いできるとは思いませんでしたわ」

「レナルドがわざわざドレスまで用意してくれたの。そこまでしてもらって断るのは気が引けたから。ご当主様も是非にって仰って下さったので、顔を出させてもらったわ」

「エイダをエスコートできて光栄だよ」


 胡散臭いレナルドのキラキラした笑みに、エイダは必死に笑いを堪える。根こそぎ退治すると決めたらしいレナルドの、らしくない追撃甘いセリフはエイダの腹筋を試しにかかる。レナルドが引き寄せた腰に回した腕に、力を込めて無言の抗議をしてくる。


「ミアさん、どうかしら? 似合ってる? レナルドはパンツスタイルの私を気に入っているから、ドレス姿は心配で……」

「すごく綺麗だ。とても似合ってるよ。パンツスタイルも、ドレスも。思わず見惚れたくらいには……」


 わざとらしいレナルドの言葉は、エイダには失笑ものだが、令嬢たちにはだいぶ効いているようだ。何人かが俯き、数人は恨みがましく涙目でエイダを睨んでくる。


「ええ、素敵だわ。でもレナルドにはもう少し、華やかな色味のほうが似合いそう」


 流石にこの程度では怯まない、ミアの遠回しの嫌味。金色か緑とでも言いたいのだろう。楽しくなってきたのか、エイダが口を開く前に、レナルドがエイダの手をすかさず取った。


「僕は知的で落ち着いた、この色味をすごく気に入ってる。でも確かにエイダが隣だと、僕は見劣りするかもな」


 笑顔でカウンターを返したレナルドに、ミアの口元がぴくりとかすかに動いた。

 

「レナルドにはもっと鮮やかな色が合ってると思うの、それにエイダさんも……」


 ねっとりとエイダに視線を走らせたミアは、何かを言いかけた表情をはっきりと凍らせた。思わず首を傾げかけたエイダに、レナルドは取った手を前に差し出し、腰にかけた手を離してほつれてもいないエイダの髪を耳にかける。その仕草に何人かがハッと息を飲み、同じように顔色を変えた。


「今日のエイダは完璧だよ。まさに僕の理想だ」

「ありがとう……」


 にこやかに返事を返しながら、ミアだけでなく他の令嬢も過剰な反応をしたことに、エイダは内心眉根を寄せる。思わず見上げたレナルドが、エイダの視線ににっこりと笑みを返した。


「あぁ、気が利かなくてごめん。喉が渇いただろう? 君たちもパーティーを楽しんで」

 

 エスコートして歩き始めたレナルドに、エイダは小声で囁いた。


「ちょっとレナルド! 反応がおかしいわ! どういうこと?」

「……あー、は豪華なほど、攻撃力が高いんだろ?」

「ちょっ……まさか、シュッツの誓いのせいなの?」


 眼前に取って差し出された手、ほつれてもいないのに耳に髪をかける仕草。エイダは首元に手を当て、周りに視線を巡らせた。ヒソヒソと囁きを交わしながら向けられる視線が、一点を見つめるとふいっと逸らされる。彼らが見つめていたものに気がついて、エイダはレナルドを振り返った。


「前言撤回よ! シュッツの誓いの謂れを今すぐ白状しなさい!」

「エイダ、落ち着け。あとでちゃんと説明するから!」

「今すぐよ!」

「今この場では……」


 こそこそと会場の端で揉めていたエイダとレナルドが、ちんちんとグラスが立てた涼やかな音に振り返る。メインホールの中央に立つビリーに、エイダは目を見開いた。


「あー……すまない、エイダ。先に謝っておくよ」

 

 呆然とするエイダの耳元に、レナルドの囁きが吹き込まれる。


「私の生誕パーティーに来てくれてありがとう。大いに楽しんでもらう前に、私の客人を紹介しよう。レナルド、エイダ嬢。こちらへ」


 スッと手を差し出したビリーの装いは、さりげなくエイダの色味が散りばめられている。その意味は「」。

 一斉に集まった会場中の注目を浴びながら、レナルドに促されエイダは歩き出した。


(狸共! 覚えてなさいよ……!!)


 にこやかな笑みをたたえながら、笑顔でエイダを待つ大狸とエイダを連行するレナルドに、エイダは在らん限りの呪いを込めて呟いた。

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