第12話・相談

 時間は、少しだけ巻き戻る。

 当初は、晩御飯も貴子の祖父母の家で食べる予定だった。

 実際昼ご飯はあちらでご馳走になったのである。村で採れた野菜を使った煮物や冷やし中華は美味しく、これならば夜もきっと美味しいだろうと期待していたものだ。ところが。


『本当の本当にごめん……!』


 何が起きたかというと、熱中症である。年配者が多いので、仕方ないといえば仕方ないことなのかもしれない。数名の女性が倒れて、てんやわんやの状態になってしまったという。

 ようするに、晩御飯を作るどころではなくなってしまったのである。

 昼の残りものなどはあるので多少食べられるものはあったが、いかんせん今日は予定していたより親戚や知人が集まってきてしまい、ただでさえ食材が足らないのではとなっていたところ。

 単に料理する人がいないというだけならば紬と貴子が手伝うこともできたのだろうが、食材そのものが足らないとか、慣れない屋敷で救護する必要がいると言われてしまうとなかなか難しい。旅館にも相談した結果、今からでも追加料金を払えば自分達の分の夕食を用意してもらえるという(もともとあのホテルは、昼と夜は和食レストランとして外部にも開けていたからというのもあるようだ)。親戚一同にも強く勧められて、結局紬は貴子と一緒に“かのきや”併設の料亭、“くすのき”を利用することとなったのだった。


「……これはこれで正解だったかもしれない」


 食後のお茶を飲みながら、貴子は言った。


「お金はかかったけど……こんなにご飯美味しいと思ってなかったわ」

「そうですね。キノコ鍋美味しかったです。さすが山の幸。あと、食後の林檎ゼリーも美味しかった!」

「紬ちゃん、甘いもん好きだもんねえ。あたしもついでにいい思いさせて貰っちゃった」


 それに、と彼女はからっぽになった湯呑を振って言う。


「……ここなら最初にお酒断れば、それ以降誘惑に負ける心配もないし。おじさんたちにお酒に誘われることもないし。うん、あたし的にはそういう意味でも大正解だった気がする。酒飲みは誘われたら断れないもんだからさ……」

「そこは断りましょうよ、意思強く持ちましょうよ」

「無理!だからあんたに頼んだ!」

「そんなんだから彼氏にフラレるんですよ!?」


 まったくもう、と紬は呆れてしまう。まあ結果として、彼女が醜態を晒すことなく、さらに紬がへべれけになった貴子のお世話をする羽目にもならなかったのは幸運だった気がしないでもないが。

 とりあえず、店員さんに明日の朝ごはんの予約をする。明日は朝の七時半から朝ごはんが食べられるらしい。貴子はこのあと祖父母の家に戻る予定なので、朝はそちらで食べるそうだが。


「さて、そろそろ考えなきゃいけないこと!」


 この和食レストランでは、熱いお茶と冷たいお水の両方を貰うことができた。お水の中、まだ僅かに残っている氷をグラスの中で転がしながら貴子が言う。


「紬ちゃん、新しい小説のネタ、考え付いた?」

「……それが、なかなか」


 はあ、とため息をつく紬。


「思ったより賑やかでしたけど……田舎の村ってこんなかんじなんだろうな、とか。不思議なお祭りとか盆踊りとか……面白い素材はいくつもありました。でも、それを実際、どこまで創作に昇華できるか難しくって。……因習モノは王道ですけど、使い古されたネタではありますしね」


 例えば、と紬は指を一本立てる。


「この村の伝説をそのまま創作に応用させてもらうとするじゃないですか。山奥の村の下に、怪しげな邪神が眠っている。それを、危ない儀式で封印することで、近隣の村々の平和を保っている……と」

「うん、ありがちよね」

「問題は、その封印ってなんで解けるの?なんですよね。令和の世の中で言ったら、面白半分なユーチューバーがうっかり封印を解いちゃうとかありそうじゃないですか。危なげな石碑を蹴っ飛ばしちゃうとか壊しちゃうとか、封印のお札剥がして動画撮っちゃうとか。それでまあ、封印をぶっ壊した本人たちが最初に呪われて、次に呪いが村全体に広がる的な。……って考えると、ユーチューバーってほんと便利すぎない?って思わなくもないんですが」

「そうねえ。なんか便利に使いすぎてる印象はあるかもね」

「そうです。それに、この村でいうといくつか別の問題もあるというか」


 映画の聖地として有名になったことで、ユーチューバーみたいな人達も訪れるようになったのは確かだ(無論、大半は人に迷惑などかけない、撮影したいだけの動画配信者だろうが)。理由付けとしてはまあいい。

 しかし、そのユーチューバーが封印を解いたことにするためには、いくつかクリアしなければいけない点がある。

 例えば。


「一つ目は、“邪神の封印をつかさどるような石碑とか偶像”って、一般人が簡単に入れるような場所にあると思います?不用心すぎるじゃないですか」


 ホラーの王道として、どうしても気になるのがコレ。

 まだ潰れて間もない廃病院の怨霊が、なんてものなら一般人が好奇心から足を踏み入れることもできるのだろうが。村が代々封印している怪物となれば話は別。そんな聖域、見張りもつけずにほったらかしにするとは思えない。それこそ現在ならば、防犯カメラの一つや二つありそうなものである。


「実際、貴子先輩のおじいちゃんも言ってたんですよ。下蓋村の地下に眠る怪物……を封印する礎が村のどこかにある、みたいな噂があるけど。そんなもの、本当にあるかどうか自分達も知らないって。知らないから何処にあるのか尋ねられても答えようがないって。そもそも、貴子ちゃんのおじいちゃんとか、下蓋村の地下に邪神が眠っているなんて噂もあんまり信じてなくて、気に喰わない人間を都合よく処刑するための言い訳として神様が使われてたんじゃないかって思ってるみたいだし」


 ユーチューバーの女の子達にも尋ねられたが。“封印の礎なんてあるかも知らないし、当然場所もさっぱり心当たりがない”というのが村人たちの共通見解ならば――当然、土地勘もない少女達になんぞ探せるはずもないのだ。

 確かに神社の敷地には入っていけない場所もあるようだし、そういう場所のどこかに呪物みたいなものがある可能性はゼロではないが。当然、一般人が勝手に入ったりできないよう、四六時中見張っているはずである。お祭りの期間なら特に。


「場所を誰も知らないし、あるかどうかもわからないし、あったとしても入れない。そんなところに、ほいほいと動画配信者が立ち入れるかというと……ねえ?」

「だよねえ。あたしもそれは“難しいなあ”って思ってたわ」

「それに加えて、実際に石碑みたいなものを見つけたとして。……そう簡単に、“面白そうだから封印を壊してみよう!”なんてなったりします?いや、仮にそう思う馬鹿がいたとしても、簡単にお札とかって剥がれるようにできてないだろうなっていうか」

「わかるわかる。ようは、オバケが復活するのって結構簡単じゃなくね?って話でしょ。いくらユーチューバーを都合よく使ったとしてもさ。紬ちゃんはそこが引っかかっちゃってるわけだ」

「そうなんですよう。何か、このへんの問題をクリアする方法ないのかなあって」


 動画配信者に封印を解かせて怨霊を復活させる。やはり、そのありきたりな方法に頼るのが間違いだろうか。そもそも、下手な描写の仕方をしたら、ユーチューバーという存在そのものの風評被害だと叱られそうでそれもそれで怖い。あくまで、迷惑をかけてくるのはほんの一部の炎上系に限られるだろうに。


「それと、オバケ的なものが復活したとして。主人公は、そのオバケから逃げて生き延びないといけないわけですよね。でも、主人公は霊能力とかなんもない一般人にするのが普通なわけで……。知識もなんもない普通の人が、長らく村に封印されていたオバケを相手にどう生き延びるのかっていうのが問題で。何か、オバケの能力に制約をつければいいのかもしれませんが」


 例えば、吸血鬼のようなモンスターの場合、太陽の光が弱点として設定されていることが多い。

 つまり、夜を超えれば生き延びることができる、というものだ。あとは、心臓に杭を打つと死ぬとか、ニンニクが苦手とか、そういうのも弱点のうちに入るだろう。

 ただ弱点を設定するにしても、あまりにも主人公に都合がよすぎるものだと読者は萎えてしまうのが問題だ。


「生き延びる方法かあ。……あ、じゃあ、この村の話がそのまま使えるかも」


 貴子は思い出したように言った。


「忘れてたんだけどさ。昔からこの村って、お祭りの時期には絶対しちゃいけないって言われてることがあんの。それが、“電気を消して寝る”ってことなんだよね」

「電気を?なんで?」

「わかんない。それと、一階で寝るのも控えろって言われた。特に子供の頃は、絶対二階で寝るようにってお祖母ちゃんたちに言われてたな。何でかって尋ねたら、こう教えられた。“昔からこの村では、危険なものは下から来ると言われているから”だって。……多分、地下に怨霊?妖怪?が封印されてるってことになってるからなんだろうけど」


 ということは、と紬はなんとなく足元を見た。


「この村で悪霊みたいなの?に襲われたら……建物の高い場所の方が安全で、あと電気をつけていると近づいてこられないっていうのがある、のかな?」

「そういうことになってるのかもね。人工の明かりでいいってなら、主人公にも対処のしようがあるでしょ。……ほら、なんかネタにできそうじゃない?」

「そうですね。ちょっとメモします!」


 悪くはない。紬はポケットから手帳を取り出すと、今聞いた話をざっくりとメモしたのだった。

 食事も終わったし、食事処に来る前にざっと温泉にも入ってきたところである。残りの時間はネタの整理とプロットづくりに当てようかな、と決める。貴子は親戚の家に戻ってしまうだろうが、別に会いに行けない距離でもないし、何か教えて欲しいことがあったらLINEでもなんでもすればいいのだ。

 二人で雑談をしながらレストランを出た、まさにその時のことである。


「あ、あの……」


 こわごわと言った様子で、茶髪の少女が自分達に声をかけてきたのだ。


「わ、私の友達……レストランにいましたか?部屋に戻ってきてないんですけど……」

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