5.お転婆お姉ちゃん


 赤毛の男の子を先頭に、子供たちが十数名、全速力で通りを駆け抜けて行く。


「待て、こいつ!」


 背後から飛んで来る殺気立った声を聞き、赤毛の子供は足を止めることなく振り返った。


「誰が待つか、ばーか!」


 後ろに向けて怒鳴り返してやる。


 皆に追い回されている赤毛の子供は、下膨(しもぶく)れの輪郭をした、ワンパクそうな男の子だ。短髪の頭頂部を立てて三角形に尖らせているので、額の上から角が生えているように見える。


 しばらく追いかけっこを続けていた子供たちは、上り坂の途中で、パン屋の娘が待ち受けていることに気づいた。


 仁王立ちになって行く手を塞いでいる、十二歳の少女――彼女はなぜか細長い棒を右手に握りしめている。


 駆けて来た赤毛の子供が、パン屋の娘を見て瞳を輝かせた。


「お、お姉ちゃん!」


 興奮しすぎて噛んだため、「お姉ちゃうん!」に聞こえた。


 そのため待ち受けるその娘が本当に『お姉ちゃん』なのか、はたまた『お姉ちゃんとちゃう』のか、はっきりしなかった。しかしこの緊迫した状況の中で、『その人はお姉ちゃんなのか、それともちゃうのか』と突っ込みを入れる者はいない。


 赤毛の子供はほとんど抱きつく勢いで、姉の懐に飛び込んで行く。


 パン屋の娘は初め、この突撃に驚いた様子だった。


 抱き着いて来た赤毛の子供を見おろし、問うように末っ子の名前を呼んでから、しっかりと目を合わせる。瞳の奥を覗き込んでから、パン屋の娘は安心したようにホッと息を吐いた。


 追いかけてきた子供たちが、ふたりの数メートル手前で立ち止まる。


 パン屋の娘はおそれることなく背筋を伸ばし、子供たちをキッと睨みつけた。


「あなたたち、どういうつもり? これ以上この子に意地悪するなら、私が相手になるわ!」


「ふん――あんたは魔法使いでもないくせに、何ができるっていうんだよ!」


 鍛冶屋のワンパク坊主がグイと前に出て言い返す。


 しかしこのワンパク坊主、ずいぶん呑気である。彼らがここまで追いかけて来た赤毛の子供は、本物の魔法使いなのだ。魔法で反撃されたら勝てるわけがないのに、その危険性についてはちっとも考えていないらしい。


 パン屋の娘は怒った顔で相手を見据えた。しばらくそれを続けてから、ふと良いことを思いついたというように、ニンマリと口の端を上げる。


「あなたたち――私のことを『魔法使いじゃない』って決めつけているようだけど、それは早とちりじゃない?」


「なんだよ、あんたは魔法使いじゃないだろ!」


「さぁどうかな? あのね、私はとてもおそろしい力を持っているのよ」


「お、おそろしい力……?」


 ゴクリと唾を飲むワンパク坊主。


 パン屋の娘はそれを見て楽しそうに笑った。


「なんと私は、意地悪な人間を呪うことができるのです!」


 姉の言葉を聞き、身内である末っ子が一番驚いた。目をまん丸くして、口をポカンと開ける。


 えー! 初耳だ、そりゃすごい! 姉ちゃん、すごい!


 感動して姉を見上げていると、背後で鍛冶屋のワンパク坊主が怒鳴った。


「う、嘘つけぇ! そんなことできっこないさ!」


「あーら、試してみるぅ?」


 楽しげにそう言って、パン屋の娘は右手に持っていた長い麺棒(めんぼう)の先でトン、と石畳を叩いた。これを見た末っ子は、冷や汗をかくことに。


 ――あれは、父さんが大事にしている、パン生地をのばすための麺棒!


 絶対、地面につけたらだめなやつだよね? こりゃあとで、正座で叱られるな……。


 麺棒に気を取られていると、姉が身をかがめ、こっそり囁いてくる。


「ね――次に私がこの麺棒で地面を叩いたら、濁った色の煙を出して」


 スミレ色の綺麗な瞳を悪戯に輝かせて、そんなことを言う姉。


 それから姉はワンパク坊主たちへと視線を移し、良く響く声で告げた。


「この呪いの棒で叩かれた者は、身体の『穴』という『穴』から、死ぬまでヘドロが噴き出す呪いにかかりますからね! 言っておくけれど――すっごく嫌な臭いだから。これは『ヘドロ棒の呪い』と言って、千年昔は、一番キツイ刑罰だったのよ。そのあまりの残虐さから、封印された呪いなの。さぁ――最初にヘドロ棒の呪いを受けたい子供は、誰? 前に出なさい!」


 姉が右手を振り上げて、思い切り麺棒を振り下ろした。


 ――ドン!


 石畳に麺棒の先が触れた瞬間、派手な火花とともに、モクモクと煙が上がった。その茶色く濁った煙は『ヘドロ棒』の先端から滲み出て、子供たちのほうへと向かって行く。


「ぎ、ぎゃあ! ヘドロ棒から変な煙が出たぞ!」


 鍛冶屋のワンパク坊が飛び上がって叫ぶ。


 すぐさまクルリと反転して、逃げ出す子供たち。大騒ぎだ。


 パン屋の娘は腕まくりをし、「逃がすもんですか」と小声で呟くと、地を蹴って駆け出した。


「ふぎゃあ、『ヘドロ棒の悪魔』が追って来る!」


「捕まったら、終わりだぞ! 殺されちまう!」


「怖いよぉ! 『ヘドロ棒の悪魔』、怖いよぉ!」


「おい、死にたくなければ、みんな走り続けるんだ! 止まるな!」


 そんなこんなで、必死に逃げる子供たちを、パン屋の娘は二時間近く追い回したそうな……。




   * * *




「え……二時間も追い回したの……?」


 話を聞き、すっかりドン引きしている王様。


 REDはパンの最後のひとかけらを口に放り込みながら、頷いてみせる。


「実はさ――これをきっかけに、その翌年から、町の通りを二時間かけて走るレースが生まれたんだよ。なんであんな恐ろしい目に遭ったのに、その後も同じコースを走ろうと考えたのか、マジで謎だよね。ちなみに、『パン屋の娘が追っかけ回す』という部分だけは、レース内容から削られたんだけどさ」


「……どうかしている」


 そのレースの名前を知りたいと王様は思った。


 なんのひねりもなく『ヘドロ棒の悪魔から逃げ切るレース』だったりして。




   * * *




 さて。


 思い出話も終わり、REDはチラチラと横目で王様を眺めながら、わざとらしく続けた。


「あーあ、あのパン屋の娘も可哀想になー! 本人は何も悪くないのに、皆から嫌われちまってさ」


 可哀想、なのか……? 王様は遠い目になった。


 子供たちを二時間追いかけ回しておいて『本人は何も悪くない』で済ませていいのだろうか。明らかにやりすぎでは?


 けれどまぁ、いじめられている末っ子を守るためにしたことだから、同情の余地はあるけれど……。


 REDが声を張り上げる。


「なんとかしてやりたいよなー?」


「……まぁ、そうだね」


「俺さぁ、解決策を考えてみたんだよ」


「へぇ、それはどんな?」


「お城にいるような立派な人が、パン屋の娘を花嫁にもらうのさ。そうしたら世間の人たちも、自分が偏見を持っていたことに気づくと思うんだ」


「だけどREDはそれでいいの?」


 王様が小首を傾げる。


「ん? 何が?」


「彼女が結婚したら、パン屋からいなくなっちゃうよ? もう美味しいパンがもらえなくなる。そうしたらREDは困らない?」


 王様がそう指摘すると、REDは飄々と笑ってみせた。


「バーカ、そん時ゃ、そん時さ」


 このあと二匹は町に繰り出し、快適グルメライフを満喫した。


 この時食べた『串焼き』とやらが、王様はとても気に入ったようである。


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