底辺社畜から、最凶人気ダンジョン配信者。~ムカつくやつらを手帳に書きこんでいたら、それは恨みを力に変える魔導書でした~

チャンカパーナ梨本

第一章 恨みを力に変える魔導書をもらったので、やりたいことができるようになりました

第1話 余暇などない。

 世界が俺を嫌いなら、俺も世界が嫌いだ。


「ブレイくんはねえ、単純なミスが多いね」


「ブレイさんと仕事したくね~。ってヤベ。いたんすか?」


「あの人、もう会社いる意味なくない?」


 ――ダンジョン配信。俺の生きる世界において、エンターテインメントの一大ジャンルだ。


 人は自分ができないことに憧れる。夢を見る。

 絶対的な強さを持つドラゴンを倒したり、迷惑をかけるゴブリンを庶民のフリをしておびき寄せ一掃したりなど。


 多種多様なダンジョン配信というジャンルは、社会に鬱屈を感じる人々に爽快感や夢を与えていた。


 かくいう俺も、配信者に心の充足を与えられた側の人間だ。殺伐とした日常に、束の間の休息を与える存在だった。


 ――俺も元気や勇気を与える仕事がしたい。そう夢みた俺は、人気配信者になるべく、今日も日々奮闘しているのだ。


 ……と、色々言ってはみたが、そんなにうまく行くわけにもいかず。人気の配信者になるには、それ相応の実力があってこそ。俺はいままで生きてきて、自分にそんな実力を感じ取れなかった。


 だが、配信者に対する愛とやる気、配信界のトレンドに対するアンテナ力はそれなりにあるとも思っていた。


 だから俺は就職したんだ。この配信者の宣伝会社『ギルモア』に。


 ギルモアは配信者が増え、知名度がより重要になった配信者界隈にて、宣伝コンテンツを作成する会社だ。酒場のチラシや、配信の手伝い、魔法広告の制作を請け負い、収入を得ている。配信者ビジネスを助けるやりがいのある仕事だ。


 ……しかし、入ってみたらどうだろう。


《ご提案ありがとうございます! でも、ブレイさんの納品物はクオリティの低さが見受けられます。これではレイヴンさまの名に傷がつくと思います。つきましては、以下の三十点を修正いただけますでしょうか!》


「……お前がただ依頼人にビビってるだけだろクソが」


 クソみたいなほぼ作り直しの電子連絡に、心の中で舌打ちがした。


 いざ入ってみればこの会社は、下請けの下請けの下請け。

 世間の誰からも感謝されず、配信者にはそもそも俺達が宣伝物を作っていることも知られていない。仕事に行けば主にいるのは、どこのどいつかも分からない、適当な修正を出して仕事をした気になっている、配信者に寄生するクソ野郎ばかり。


 これが現実。

 だが、こいつらと同じで俺もそんな巨大な存在のおかげ、クソみたいな要望をしてくる奴の金で飯が食えている。そんな世界の歯車の一部に過ぎない現実。そんな現状に、ただただ虚しさを覚える。


「……はあ」

 

 《マクネル様 お世話になっております。ご希望に添えず申し訳ございません。本日中までには修正してお送りさせていただきます。》


 そうして俺は、思ってもない謝罪文と共に、通信魔法で送られてきた修正内容を、一つずつ直していくのであった。


 ――……


 仕事が終わり、気が付けば時刻は0時を過ぎていた。家畜小屋より狭い自宅にようやくたどり着く。苦行を乗り越えて、休日を目指して、日銭を稼ぐ。この繰り返しはただ虚しい。


 日が経って業務に慣れてくれば、感覚も鈍くなり慣れる。そう会社の人間に言われたこともあったが、慣れる気配は一向にない。今日もストレスを一時的に凌ぐための安酒と煙草を買った。


 昔なら何かをつまみに、ダンジョン配信者の放送を見ることが多かった。しかしいまは仕事のことを思い出し、苛立ちと明日への絶望を感じるため、避けることが多い。


「……さてと」

 

 酒の蓋を開け、煙草に火をつける。

 今の趣味はこれだ。通信魔法が発達したこの世界において、今では需要も少なくなった万年筆にインクをつける。怒りを静かに、銃に一つずつ弾を込めていくように。はやる気持ちをおさえて、革表紙の手帳に黒色の呪詛を静々と記していく。


 《殺す。おいヴェイル商店のマクネル。お前はすべてにおいてセンスがない。俺のせいにするな。一回そのまま依頼人に出してみろ。絶対何も言われねえから。いつかお前は殺す。俺が成功しても社会的に殺すし、成功しなくても最期にお前は殺す。絶対何かしらの迷惑はかけて、後悔させてやるよ。全てを。この日記が世に出たら、俺は世間から異常者として叩かれるんだろうな。でもその時はお前に何か被害があって世に出ている。この日記が世に出た時点で、俺はすべてにおいて勝っているんだよ。なるべく痛みつけて殺してやる。あと思い出した、センスがねえと言えば同じ会社のビスクだ。あいつは――》


 ―――……


 酔ったまま雑文を手帳にひたすらに書き殴っていると、やがて紙幅が尽きた。これがこの手帳の最後のページだった。千ページ程あったこの手帳も、最初は小奇麗だったが、何年も掛けて呪詛をまき散らしていると、革表紙の色も変色し、味が出てきた。


 今日も今日とて言いたくて言いたくてたまらず、でも言えず、静かに呑み込んだ言葉を吐き出して、溜飲が下がった。


「……何をやってんだろうな俺は」


 恨みを手帳にぶちまけ満足し、ベッドに横たわった。

 結局最後には毎回、こんな虚しさが訪れるのも事実だ。ここで不満を吐き出したところで、有意義なものは何もない。


 ――その眼、いいね。

 ――世界の全てに絶望している眼。

 ――不満や憤りは、全部これに書き込んだらいいよ。


「……」


 昔の記憶を思い出す。謎の美女に渡されたこの手帳。これも何かの縁か。そう思って今日までひたすらに不平不満を書き連ねてきた。……何のために? わからない。ただ当時から俺はムシャクシャしてて、いい気分転換になると思ったんだ。


「寝よ」


 灯りを消し、今日もろくに自分のための時間も取れず、眠りにつく。疲れからか、すぐに意識は途切れた。


 —―その怨嗟、拝受した。

 

 だから気づいてなかった。

 寝ている間に、手帳に異様な力が帯びたことにも。

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