第5話過去

 あれは、社内ニートを堪能していた入社5年目の春だった。俺の勤めていた会社は業績悪化に伴い外部資本が参入。収益改善の為の大型リストに踏み切る事になっていた。

 本社に抗議に行こうと出向いたが、誰に抗議すれば良いかも分からず、途方に暮れて、近くの喫茶店に入った。そこで飲んだキリマンジャロは深煎りで香ばしさの中に引き立つ甘い香り、ささくれ立った心も落ち着いた。爽やかな酸味を味わっていると、後ろから疲れた声が聞こえてきた。声の主は、うちの会社の人事のようだ。今回のリストラで、幹部から理不尽な量の業務を指示されているらしい。しかも、その業務を遂行するために、人を人と思わないようなやり方で、従業員を切る計画を進めているようだ。彼らにとっては従業員はただの兵隊だからこのようなやり方が出来るのだろう。また、実行している彼ら自身も幹部から見たらただの兵隊。燦々たる気持ちになりながら、彼らの愚痴を聞くともなく聞いていると、断片的ではあるが、重要な情報が含まれていることに気が付いた。全貌を把握している者は、情報の重要性が分かっているので、その情報を漏らすことは無い。しかし、細切れにした情報しか持たない者は、重要性が分からないから、その情報を含んだ会話や愚痴などで言ってしまう。これらの情報は他でも容易に入手できるのではと考え、他の担当者や、事務員、派遣スタッフが屯する場所で聞き耳を立てて情報を採取しまくった。細切れの情報でも、パズルのように組み立てれば全貌は見えてくる。

 それは、外部資本はホワイトスクワイヤで会社を助けるため来たと思われていたが、実はハゲタカで、このリストラを皮切りに経営陣を一掃して乗っ取りを企てているようだ。あくまで状況証拠とでしかないが。さらに、外部資本やそこから派遣された新役員の事をネットで調べてみた。彼らの本業とうちの会社への関係性は低く、買収するほどのメリットは見えない。しかし、この新役員は某国で同業他者に在籍しており、うちの会社が資金繰りが苦しいという情報を得て外部資本に自分を売り込んだようだ。もしかしたら、買収はこの新役員の独断ではないのか、しかも、このような人物は高いプライドと強い自己顕示欲から問題を起こすのではと考えた。 

 そのような意識で情報を集めると、推論の通り、新役員は就任後、わずかな期間にもかかわらず、業者との癒着や、パワハラ、セクハラなど、証拠や噂話などここぞとばかりに出てきて、それらは纏めて、匿名メールで関係者に怪文章としてばらまいた。

 敵対する人間も多く、外部資本としても守る価値が無いと判断されたのか、ただの怪文章は社内調査の対象となり、その結果、新役員は処分され、リストラの話しも煙の様に消えてしまった。 

 このことを反省して、風通しが良い会社なったが、社内ニートの俺6には居心地が悪くなり、別の会社に転職してしまった。

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