呪われたぬいぐるみ
やざき わかば
呪われたぬいぐるみ
高校を卒業し、上京。
そのまま東京のIT会社に就職して早4年。実家の両親は、遠回しに「結婚の予定はあるのか」と聞いてくるが、私は今の生活が気に入っているし、取り立てて良い相手も今のところ、いない。
2年付き合った彼氏とも別れたばっかりで、今はそういう男女のナントカのようなことは考えたくないのもあるが、一人暮らしの気ままさは、手放す気はない。
ある日の、仕事を終えた帰り道。自宅近くのゴミ置き場に、一体のクマのぬいぐるみが置かれているのを見つけた。捨てられているのではなく、置かれているように思える。
汚れておらず、毛並みもふわふわで、捨てられているにしては綺麗過ぎるのだ。少し迷ったが、かわいいものに目がない私は、そのままその子を連れて帰ってしまった。ゴミ置き場にあったんだから、別にいいよね。
だが、その子をお迎えしてからというもの、おかしなことが立て続けに起こっている。おすわりの場所を変えても、いつの間にか別の場所に座っている。視線を感じる。たまに眼が動いた気がする。その子の周りだけ、少し涼しい気がする。
深夜、ふと目を覚ますと、私と一緒に寝ていることもあった。さすがにこれには声を出して驚いてしまった。
迷いに迷ったが、結局私はこの子を、あのゴミ置き場に戻した。つまりは捨てたのである。可哀想だが、このままでは私の身が持たない。
しかし、何度捨てても戻ってくるのである。次の日の朝には、私の部屋で、指定席に座り、私を見つめているのだ。
神社やお寺でお祓いもしてもらったが、効果なし。人形寺と言われるところに、引き取ってもらっても戻ってくる。もう打つ手無しの状態だった。
ある日のこと。もう寝ようと、電気を消し、ベッドに潜った。すると、そのクマのぬいぐるみのあたりから音がする。なんだろうと思い見てみると、ぬいぐるみが歩いて、こちらに向かってくる。
悲鳴を上げて逃げようとするも、金縛りにあって動けない。ぬいぐるみはベッドをよじ登り、仰向けに寝ている私の上に座った。
「死ネ…」
頭に声が響いたと思うや、ぬいぐるみは両手を私の首に伸ばしてきた。首を絞めて殺そうと言うのだろう。こんなわけのわからない死に方なんて、いやだ…いやだ!
もふもふ。
「ん?」
ぬいぐるみの両手はもふもふしており、首に心地の良い感触が伝わるだけだった。ぬいぐるみも困惑しているようである。
「ソレナラ、撲殺シテヤル…」
ぽふぽふ。
可愛い顔をしたクマのぬいぐるみが、必死に私の両頬をぽふぽふしてくる。ここで私の何かが壊れた。
「かわいいいいいいいい!」
私は金縛りを自力で打ち破り、クマを力いっぱい抱きしめた。あああ、もふもふ! もふもふである!
「ナニヲスル! ヤメ…! コワイ! ヤメテ!!」
考えてみたら、こんな可愛くて、もふもふでぽふぽふの、クマのぬいぐるみが自力で動くなんて、私達の業界ではご褒美です。
その夜から、私はクマのぬいぐるみと一緒に寝るようになった。嫌がるぬいぐるみを、両腕でキュッと抱きしめて逃げ出さないように。
実際、私が仕事に行っている間や熟睡している間に、クマのぬいぐるみは何度も逃げている。だけど、その都度、見つけ拘束し、自宅に連れ帰っている。
「ナゼ…? ナゼ、コンナコトニ…?」
たまに、ぬいぐるみが自問自答をしているようだが、答えは簡単である。ぬいぐるみがなんのために私を呪い、殺そうとしてきたかはわからないが、憎悪による呪縛よりも、愛情による呪縛が何倍も強いからである。
もうこの子は、私の「愛情」という呪いからは、逃れられないのだ。
呪われたぬいぐるみ やざき わかば @wakaba_fight
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