1-9
🍦
運転手は私。
免許を持っていない里帆っちとペーパードライバーの優梨は後部座席でテンション上げながら騒いでいる。
いつもクールな優梨のこんなハイテンションな一面は貴重だったので、助手席にいる恋ちゃんにお願いして動画を撮影してもらった。
里帆っちがボケて優梨がツッコむという言葉の応酬はなかなか収まらない。
恋ちゃんもスマホを持ちながらケタケタと笑っていて車内はずっと盛り上がっていた。
上京してからまともに運転していなかった私は緊張から手汗が半端じゃなく、事故を起こさないようにできるだけ左側の車線を走って
東京はとにかく道が狭いしみんな荒々しいから少し運転するだけでひと苦労。
白浜の海に着いた途端、安堵からかどっと疲れが溜まった。
それぞれ新調した水着を着て場所取りに向かう。
大きなサングラスと首元にはブランドもののネックレスをしている優梨。
黒髪のロングヘアーが風に
黒いビキニに細く長い脚。
どこかのセレブのようなオーラを
お店の人にお願いしてパラソルを差してもらい、ブルーシートを敷く。
この日は『超』がつくほどの炎天下。
太陽の日差しが身体を焼こうと光を浴びせてくるので、みんなで日焼け止めを塗りまくり、パラソルの中に押し込むように身を寄せ合った。
里帆っちの水着は露出度高めなフロントレースアップビキニ。
背中にはリボンがあり、少し動いたら見えちゃうよっていうくらい攻めた格好で、
私は最近体型が気になっていたのでワンピースタイプの水着にした。
優梨にはもったいないって言われたけれど、里帆っちと恋ちゃんには可愛いと褒められた。
メンバーの中で一番注目を浴びたのは恋ちゃん。
パーカーを着ていてもわかる胸の膨らみに嫉妬心はなく、出てきたのは
「恋ちゃん、ばりずるいっちゃけど」
「え?何が?」
「おい、れんれん」
里帆っちが何かを思いついたように含みのある言い回しで顔をニヤニヤさせながらゆっくりと恋ちゃんに歩み寄る。
このパターンは大抵仕様もないことが多く、横にいた優梨も同じことを思っていたようだ。
少し
「そのパーカーが邪魔だな」
「ちょ、ちょっと里帆ちゃん」
「この狭い世界で逃げ道などないぞ」
「いや、めちゃめちゃあるじゃん」
お
里帆っちが「えいっ!」と恋ちゃんに飛びかかり、そのまま馬乗りになった。
「この大きな胸め、罪深い」
「ちょ、ちょっと里帆ちゃん。やめてよ」
恋ちゃんの抵抗も
「まったく、せっかくこんな良いものを授かったんだから見せつけなきゃもったいないじゃない」
馬乗りのままジップを下ろし、パーカーを脱がす。
水着が露出されると、その大きな谷間を見た私たちは一斉に
「おおぉ~!」
なんとも見事な膨らみ。
「ううぅ……」
両手で胸を隠しながら恥ずかしがっている。
肉付きの良さと童顔が相まってちょっとだけ犯罪の匂いがしてしまうが、その姿を見ているとなんだかお腹が空いてきた。
「アイス食べたくなってきた」
「紫苑、どのタイミングで言ってんの?」
「れんれんの胸がソフトクリームに見えたんだよね?」
「いや、見えないでしょ。どんな想像したわけ?」
今日は優梨のツッコミにキレがある。
テンションが高いからかもしれない。
海の家に行って練乳のアイスを買った。
優梨も一緒に来て、イチゴ味のかき氷を買って食べていた。
里帆っちと恋ちゃんは横で売っていた映えそうなジュースを買い、海をバックやな並んで写真を撮っていたけれど、優梨の食べるかき氷があまりに美味しそうだったので、私たちもかき氷を買って食べた。
優梨には「あんたどんだけ食べんの」って言われたけれどアイスは別腹なのです。
海の家のベンチで
1人は日焼けした金髪のチャラそうな男。
もう1人は筋トレが恋人かっていうくらいムキムキな脳筋男。
その後ろにいたのが大人しそうな印象の薄い色白の細い男。
「お姉さんたちヒマしてる?これから一緒にビーチバレーしない?」
日焼けしたチャラそうな男がビーチボールを持ちながらナンパしてきたが、アイコンタクトをして無視をする。
今度はその男に加勢するように脳筋男も絡んできた。
そういえば海に行く前、優梨から言われたことがある。
『夏の海にいる男どもはみんなケモノ。ナンパしてくるような男はロクなやついないからガン無視で。それでもしつこいやつがいたら私に任せて』
案の定ナンパしてきた男たちはしつこく言い寄ってくる。
すると、優梨がいじっていたスマホを耳に当て、
「もしもし、ダーリン?どこにいるの?もう海の家にらいるから早く来て」
耳からスマホを離し、
「まーくんたちこれから合流するって」
そう言って不敵な笑みを浮かべた。
まーくん?優梨の彼氏ってそんなあだ名だったっけ?
それに合流するってどういうこと?
今日は女子会だったはずじゃ。
「チッ、彼氏いんのかよ。行こうぜ」
彼らはそそくさと去っていった。
「優梨、さっきのって」
「ブラフよ。しつこいから電話したフリして
「さっすがゆりりん!」
里帆っちが優梨の肩をぽんぽんと叩きながらそう言う。
打ち合わせしておいてよかった。
その後はみんなで海へ泳ぎに行き、仮眠をしてまた泳いだ。
時間はあっという間に過ぎ、気がつけば夕方になっていた。
ー帰りの運転は恋ちゃん。
優梨も里帆っちもはしゃぎすぎて後ろで爆睡している。
助手席にいた私は恋ちゃんのサポートとして寝ないように努めたけれど、瞼はすごく重かった。
「紫苑ちゃん、次のサービスエリアで休んでもいい?」
恋ちゃんの目は
あれだけ遊んだ帰りの運転だから眠くなるのも無理はない。
私はもちろんと応えてサービスエリアで休憩する。
中に入ると美味しそうな匂いが空腹を煽ってくる。
「あっ、家系ラーメンあるじゃん」
「私も食べたい」
寝起きの2人が家系ラーメンを注文しにレジまで向かう。
私と恋ちゃんも話しながら2人に続く。
「紫苑ちゃんって家系ラーメンとか食べたことあるの?」
「うん。実は福岡にもあるんよ」
「そうなんだ。やっぱ福岡のラーメンの方が美味しい?」
「味が違うけんね、比較するのはちょっと難しいな。私は豚骨ベースなら基本的に好き」
「福岡いいなぁ。美味しいものたくさんあって」
「山形にもあるやん。米沢牛とかさくらんぼとか」
「福岡ほどじゃないよ」
「恋ちゃん福岡には行ったことないと?」
「うん、一度もない」
「じゃあ今度みんなの地元巡りしよ」
「うん、約束だよ」
ただでさえ癒し系なのに、にっこり笑う恋ちゃんの笑顔はかわいすぎて疲れをあっという間に吹き飛ばしてくれる。
みんなで豚骨ラーメンを食べて車に戻ると、満腹感からかさっき以上の眠気に襲われてきた。
「紫苑、後ろで寝てていいよ」
「いいと?」
「ペーパーでもナビくらいならできるし、それにレンタカー返さないといけないでしょ?」
「それまでは運転するよ」
「2人ともありがとう」
レンタカーは私の家の近くで借りた。
だから最後に運転するのは必然的に私。
1番家の遠い里帆っち、恋ちゃん、優梨の順で降ろすため、それまでは恋ちゃんが運転してくれることになった。
誰よりもはしゃいでいた里帆っちは後部座席で真っ先に眠っていた。
口をあんぐりさせながら眠る里帆っちが
デートの誘いが嬉しくてすぐに返そうと思ったが、重たい瞼には勝てなかった。
☕️
千駄ヶ谷に来ていた。
今日は白いカットソーにガーディガンを羽織り、スキニーデニムにパンプスのコーデ。
夏の残り香が混ざった秋の風に長い髪が
開放感のある改札を抜けると、目の前には大学と東京体育館が受け入れてくれた。
大通りを曲がった先に目的の場所はあった。
目的はアイスクリーム。
自他ともに認めるアイス好きは伊達じゃなく、毎日のようにSNSでチェックしているそうだ。
この中でもとくに気になっていたのがこの店らしい。
スカイブルーの壁に白い雪が滴り落ち、茶色い扉の横には大きなソフトクリームがどっしりと構えている。
休日ということもあって数組の若い人たちが並んでいる。
20分ほど並び店内へ。
案の定、店内はほぼ満席状態。
テイクアウトでもよかったが、せっかくなのでカウンターに並んで座った。
俺はショコラソフト、彼女はストロベリーがたくさん乗っているものを選んだ。
「ね、写真撮ろう!」
少し期待はしていたが、あまりにもナチュラルにそう言ってきたので一瞬ドキッとした。
彼女は自身のスマホのアプリを開き、何かをいじっている。
髪を整え直し終わると、カメラモードのスマホを右斜め上に掲げてシャッターボタンを押したが、どうやら気に入らなかったらしくもう一度撮り直すと、満足気にアイスを頬張った。
手前に座っている女子たちは、まるで撮影会のようにアイス片手に何度も何度も撮り直している。
早く食べないと溶けるぞと思っていると、案の定コーンからアイスが逃げ出すように溶けている。
今日はもともと違う場所に行く予定だった。
しかし、彼女が学校の課題を出し忘れていて夕方からしか会えないことになり、急遽ここに行くことになった。
アイスを食べ終えて店を出る。
「そういえばご飯食べた?」
「ううん、何も。お腹ペコペコ」
アイスを食べた直後の会話とは到底思えないが、胃下垂同士空腹感は一緒だったようだ。
徹夜をしてしまったせいで、起きたのは待ち合わせの1時間前だったから何も食べずに来たのだ。
駅に戻る途中、お洒落な雰囲気の店を見つける。
ファストフードチェーン店のプレミアムバージョンらしい。
ちょうど脂っこいのが食べたかったからハンバーガーのセットをそれぞれ頼み、あっという間に平らげた。
少し物足りない感じもしたが、寝不足のなかで食べすぎると睡魔に襲われてデートどころではなくなるので我慢した。
だらだらした後、次どこに行くか聞くと、彼女が驚きの言葉を発した。
「アイス食べたい」
えっ!いまさっき食べませんでしたっけ?
一瞬ふざけて言っているのかと思ったが、真っ直ぐ見つめながらそう言う彼女の顔は真剣だった。
「じゃあさっきの店もう一回並ぶ?」
「さすがにそれは恥ずかしいよ」
「でも食べたいんでしょ?」
「うん」
こういう欲に素直な人は好きだ。
下手に飾ろうとせず、
「じゃあどこか食べに行く?」
「久しぶりにあそこ行かん?」
「どこ?」
「あの駄菓子屋さん」
ー定位置にはすでに先客の子供たちがいた。
1人分だけスペースが空いていたので彼女に座ってもらった。
美味しいと言いながらアイスを食べている彼女の近くに立って俺はふ菓子片手にコーヒーを飲んでいた。
すると、横に座っていた子供が俺の方を見上げている。
その顔は何か言いたげだ。
「僕、どうしたの?」
俺がそう聞くと、その子は少し怯えた様子で目を逸らした。
「もしかして、慶永くんのこと怖いんやないと?」
「マジ?」
驚きながらもその子に確認すると、その子は首を縦に動かし「うん」と言った。
彼女の言う通りだったが予想以上に傷ついた。
「お兄さん、ここに座りたそうな顔してたから」
俺そんな顔していたのか?
「ありがとね、でも大丈夫だよ」
その子の前に屈んで笑顔でそう応えたが、その子はまだ怯えているように見えた。
「僕、このお兄ちゃんのこと怖い?」
アイスを食べ終えた彼女がそう聞くと、
「ちょっとだけ」
その真っ直ぐすぎる返事にさらに傷ついた。
「お兄ちゃんはすごく優しい人だから安心してね」
ニコニコしながら楽しそうに話す彼女。
それを見て少し心が躍動した。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたち付き合ってるの?」
その子の横に座っていた子が身を乗り出しながら話しかけてきた。
「付き合ってるの?」
便乗するようにその子も続く。
休日な質問にお互い
「ど、どうしてそう思うんだ?」
動揺していることを隠そうとしたが、少し声が上擦ってしまった。
「だって、カップルでもない人たちがこんなところに2人きりで来るなんてありえないもん」
「そうそう。この辺で遊ぶの僕たちくらいだし」
「それに、なんか2人お似合いだし」
「この辺はもう過疎化が進んでて、おじいちゃんおばあちゃんしかいないから、僕たち以外にここに来る人なんていないもん」
過疎化なんて言葉どこで覚えた?
そんなの学校で習ったか?
「まさか、夫婦なんじゃない?」
夫婦という言葉に急速に体温が上昇していく。
彼女を一瞥すると目を逸らされたが、頬はリンゴのように赤く
「え~、さすがにそれはないよ。だって指輪とかしてないし」
「うちの父ちゃんもしてないよ」
「おまえの父ちゃんシェフだろ?だったら指輪できないじゃん」
「なんで?」
「なんでって、衛生上禁止なところが多いから」
「エイセイってなに?」
「今度父ちゃんに聞いてみ。ねぇねぇ、それより2人は付き合ってるの?」
1人の子は俺たちの関係が相当気になっているようだ。
回答に困っていると、タイミング良く?夕焼け小焼けが流れてきた。
「あっ、やべっ!もうこんな時間だ。早く帰らないと母ちゃんに怒られる」
「ホントだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんまたね」
散々言いたいことを言って子供たちは去っていった。
「なんか、いまどきの子供ってませてるね」
「う、うん……」
急に気まずくなった感じがしたのに、なぜか俺の気持ちは
コーヒーを一気に飲み干し彼女の横に座る。
沈黙の時間は唾を飲む音さえ響かせる。
「……紫苑ちゃんって好きな人いるの?」
唐突すぎる質問に目を瞬かせながら驚いた様子の彼女。
急に何を聞いているんだ俺は。
絶対にこのタイミングじゃないだろ。
「……」
そりゃあそうだよな。
急にこんなこと聞かれても困るよな。
何か話題を変えなければ。
いままで構築されてきた関係性が崩壊してしまう。
彼女は唇を一度軽く舐め、こちらを一瞥した後、耳に髪をかけながら、
「うん、おるよ」
そう答えた。
そりゃいるよな。
これだけの美人がフリーでいること自体おかしい。
きっとその人とも両想いですぐに結ばれるだろう。
「だよな……」
「慶永くんは好きな人おると?」
この返しの正解は何だ?
正直に答えて撃沈するか、曖昧にしてやり過ごすか。
「いるよ」
フラれて関係性が崩れるのは嫌だったが、それ以上に嘘をつくことはしたくなかったので素直に答えた。
少しの沈黙が訪れる。
反応が気になり一瞥する。
「その人って私のよく知っとる人?」
どっちに転ぶかは神のみぞ知る。
「よく知ってる人」
「そっか」
そこから先の言葉はなかった。
これは何を求めているんだ?
もしかして話を終わりたいってことか?
考えれば考えるほどわからなくなる。
俺は一か八かの勝負に出た。
「俺の好きな人は……いま隣にいる人」
言ってしまった。
時期尚早だったのだうか。
せめて年が明けるまで温めるべきだったのだろうか。
「……」
2度目の沈黙は果てしなく続く宇宙の如く長く感じた。
冗談だよって言えば逃れられるかもしれない。
でも言えなかった。
いや、言わなかった。
彼女の返事が欲しかったから。
「……私でいいと?」
待っていた言葉の中で最上級のものが返ってきた。
「他の人じゃ幸せにしたいって思えない」
「本当に?」
「本当に」
こうして、彼女とはじめて出会ったこの場所で俺たちは付き合うことになった。
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