第37話 優しい都会

 某ビジュアル系バンド……いや、もう普通にガゼットと言わせてください。ガゼットのLIVEに足繁く通っていた高校時代、東京と言えば原宿、という認識だった。代々木体育館のすぐ側だし、コスプレイヤーが集まる橋もすぐ近くにあった。私が原宿に行く一番の目的は、竹下通りにあるクロムハーツのぱちもんのゴツい指輪が千円くらいで売られている店だった。

 夏のツアーで東京に行った時のこと。夏なのに真っ黒のカーディガンを着て、エンジニアブーツを履いて、お目当てのクロムハーツ風アクセサリーを何個か買った後、竹下通りのマックに行った。涼しくて天国だった(カーディガン脱げ)。

 確かそこで、友達と待ち合わせをしていたのだった気がする。奈良から来る友達で、何歳か年上の大学生のお姉さん。今はもう疎遠になってしまったが、毎年彼女に会うのが楽しみだった。大阪でLIVEがあった時にはお家にも泊まらせてもらったなぁ。当時から影響を受けやすい私は、たった三日間ですっかり関西弁を話すようになっていた。「〜やんなぁ」とか言っていた。エセ関西弁ほど恥ずかしいものはない。

 話が逸れたが、私はなんと、その時マックに財布を忘れたのだ。

 ……終わった。

 こんな大都会で、しかも原宿で、しかもマックで、財布を忘れるなんて。

 戻ってくるわけがない。盗られているに決まってる。ああもう絶望だ……。

 高校生なのでクレジットカードなどは持っていないが、その分現金が入っていた。予約済みの夜行バスで帰るので、帰れることには帰れるのだが、ガゼットに会うために必死に働いたバイト代が……さっき橋で貰った、大好きなルキコスさんのプリクラが……。

 ほとんど諦めながら、マックに戻った。半泣きでカウンターのお姉さんに財布の忘れ物は無いかと聞くと、お姉さんは嬉しそうに「ありますよ!」と言ってくれた。

 財布の見た目や中に入っているものなど聞かれ、答えると私の財布が目の前に。これです! ありがとうございます!! 本当に!!

 見知らぬおばあさんに「よかったねぇ」と声をかけられ、私はヘドバンくらいの勢いで頷いた。優しい。原宿優しい。都会、優しい……!

 

 その数年後、超ど田舎の小さいイオンでまた財布を忘れた。買ったばかりのプラダの財布で、中には免許証もクレジットカードも現金四万円も入っていた。忘れた店にも、インフォメーションにも、警察にも問い合わせたが、それは二度と返ってこなかった。あの日のマックが死ぬほど恋しくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る