第31話 常、アヒル口

 土曜日。お子を連れて(連れられて)、市の複合施設的なところで催された車の展示会に行った。車を買う気はないが、そこのキッズコーナーに出る縁日へ行きたいとのことだった。

 目当てのトランポリンをそこそこに、お子は射的に夢中になった。どうしてもプリンセスの描かれたお菓子(つまりはパックンチョ)が欲しい。買えば百円だぞ、という私の邪悪な心の声は飲み込んだ。

 絶対無理だろうな、と内心で終わった後のぐずぐずを案じていたが、なんと最後の最後でゲットした。無理とか言ってすいませんでした! よほど満足したようで、もう思い残すことはないと颯爽と縁日コーナーから外れる。お子の成長を感じた。

 フリースペースに移り、セブンティーンアイスで小休憩。ぐらつく前歯を避けながら、不自然なアイスの食べ方をしているお子の席の隣に、中学生くらいの女の子が一人でいらっしゃった。その女の子がアヒル口をしていた。

 何か小さく口が動いている。ワイヤレスイヤホンをしている状況から察するに、通話でもしていたのだろうが、口を動かしながらもアヒル口である。

 話しながらのアヒル口は可能なのか? 私は彼女のアヒル口をマスクの下で試みたが、下唇の下にできるシワが気になって仕方がないし、声を出すとなぜか鼻が広がる。む、難しい……!

 彼女は容易く、美しいアヒル口を保っている。へんなシワも出ていないし、鼻も広がっていない。これが十代と三十代の違いなのか!?

 そもそも、今日まで生きてきた中で(どうにかこうにかそれらしく見せた)私のアヒル口は、上も下も尖らすアヒル口だ。そんなものは芸のないただのたらこ唇だと罵られても反論の余地もない。

 しかし彼女のアヒル口は本当に本物のアヒルだった。下唇は薄く横に伸び、上唇の中央だけがツンと尖り、「M」の字を描いている、トップオブトップアヒル口。

 さらに、それが「常」なのだ。少なくとも私たちがその席でアイスを食べ、ちょっとだらだらとしていた三十分弱、彼女はアヒル口を絶やさなかった。

 いったいどんな鍛錬を積めば「常、アヒル口」が手に入るのだろう。彼女はご飯を食べる時も、家族や友人と話す時も、テストを受けている時も、寝ている時もアヒル口なのだろうか。気になって仕方がない。

 これを書いている間、ずっと彼女のアヒル口をしながら書いているが、色んなところがつりそうだ。鼻の横にへんに深いシワが刻まれそうだ。

 アヒル口は人を選ぶ、ということで今日のところは強引に納得することにした。

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