第14話 東京ドーム

 歯医者に行った。俺は歯医者が嫌い。

 歯医者とはかなり長い付き合いだ。歯並びが悪く、しかしそれを矯正することなく大人になった(こればっかりは親を恨んでいる)。歯並びが悪いと歯磨きもしにくく磨き残しも増える。面倒くさがりなので幼い頃は自分の歯並びのことなど気にせず適当に歯を磨いていた。親は早々に仕上げをしてくれなくなった気がする(親……!恨)。もちろん虫歯になる。多分ほぼ全部の歯が虫歯になったと思う。歯医者通いは小学生の頃から続き、神経も何度か抜いた。昔通っていた地元の腕利きの歯医者はまだよかった。だから子供の頃は、歯医者がそんなに苦ではなかった。

 高校を卒業し、見知らぬ地で一人暮らしを始めてから、歯医者が超絶嫌いになった。とにかく歯医者ガチャに外れまくる。めちゃくちゃ横柄だったり、痛くもない歯を掘り始めたり、神経抜いた後の歯に何も詰めずに帰されてぽっかり空洞が空いたままその歯が腐ったり。口が小さい故、毎度のことながら口の端も切れる。いいかげん痛いわ! 

 もう一生歯医者に行きたくない。そう強く思い、二十頃からようやく細心の注意を払い歯磨きに勤しみはじめた。それでもやっぱり、たまに虫歯になる。大体は昔に治療したところが、被せ物の下で虫歯になっておるぞ、というパターンで、今回もそれだった。無念。

 それでも、念入りな歯磨きのおかげでだいぶ歯医者通いの回数は減って、今は定期検診で年に三回ほどになった。今までは定期検診すら行きたくない歯医者ばかりだったので、今ようやく落ち着いた歯医者ライフを送っている。今行っているところは歯科衛生士のお姉様方が皆モデルのようにお綺麗で、さらにすごく優しくて、行くだけでテンションが上がる。

 今回もお綺麗な方が診察室まで案内して下さり、ひざ掛けをそっと掛けて下さり、朝イチでローテンションだった私も徐々に気持ちも上向き始める。

 腕利きのイケオジ先生のおかげで治療も難なく終わり、次回の予約を取り歯医者終了。朝ごはんを食べておらず腹が減っていたのでコッペパンを購入し帰宅。

 しかしじわじわと、違和感を覚え始める。あれ……? なんか具合悪い。

 そう、私は歯医者後、必ずと言っていいほど体調を崩す人間だったことをすっかり忘れていた。検診だけならいいが、治療後はほぼ百パーセント再起不能になる。それなので今までは、休日や仕事後に歯医者を入れていたのだ。今回も検診だけだと余裕をこいていたので、仕事の日にうっかり歯医者を入れてしまっていたのだ。あーあ。やっちまった。

 とりあえず朝飯を食らう。麻酔を二発打たれたためか、全然麻酔が切れない。しかたないので右の感覚がないまま左側に飯を寄せて(首を傾けて右側に来ないようにして)食べた。うまし。

 刻一刻と近づく仕事の時間。休めないので諦めて家を出る。大ため息。神様どうか、今日は店が混みませんようにと祈りながら始業。

 店内に掃除機をかけている途中、なんか変だなと思う。唇が異様に熱い気がする。まだ麻酔が切れていないので痛みはないが、嫌な予感がする。トイレに駆け込む。

 マスクを外し、思わず目を見開いた。右下の唇がぶっくりと腫れていた。痛々しいを通り越してグロテスクだった。東京ドームみたい、と他人事のように思った。

 どうやらコッペパンを食べている時にガジガジと右下唇を噛んでいたようだ。麻酔がガンガンに効いていたので全く気付かず、噛み続けた結果、下唇に東京ドームが建設された。

 それを見た瞬間もっと具合悪くなった。最悪だ。こんなんどうすりゃ治るねん。一時的な処置として、口内炎パッチを貼った。口内炎有識者なので常に口内炎パッチを持ち歩いている自分に感謝した。

 麻酔が切れるに連れ、下唇に痛みが出てきた。歯や上唇が触れると痛いので、マスクの下でしゃくれ、下唇をむんっ、と出しながら「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」などと言ふ。予想はしていたが、激混みである。暇であれと願う日こそ混むあるある。

 忙しく働いているうちに体調の悪さも薄れ、せかせか働く。ただししゃくれてはいる。

 いつもは美味しい賄いを頂いて帰るのだが、しゃくれながら食べるの恥ずかしいので賄いをパスして帰宅。どれどれ、東京ドームはどうなっているかな、と見てみると、迅速な処置のお陰かすっかりしぼんでいて手のひらサイズのスノードームくらいになっていた。よかったー。まじで焦ったー。


 話変わりまして推しグループ(ほにゃらニーズではない)がドーム公演することになりました。もちろん私の下唇ではなく、本物の東京ドームに立ちます。絶対行くかんな! チケット当たれ……!!!


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