魔術サンプルØØØ
清純派おにロリ推進委員会
Prol.
朝目が覚めたら隣の女がいなくなってるんじゃないか……なんて儚い妄想をしていた自分がバカだった。ああ、大バカだ。少年は長いため息を吐く。いつも通り目が覚めたのは五時で、彼女は相変わらず朝に弱かった。彼女が起きるまでに、少年は朝食を食べ終え、身支度を整え、客船のサービスを堪能した。
窓の外には、清々しい青空と青い海、そして踏んだことのない陸地が見えている。間もなく航路は終わりだ。
「——フォルテ、起きた?」
返事はない。少年はムッとしてベッドに登り、安らかに眠るフォルテの長い淡藤色の髪を耳にかけ、頬をつついてみる。反応なし。肩を揺すると、それでやっと彼女は「ううん……」と唸って寝返りを打つ。寝る時くらい外せばいいのに、黒いアームカバーに覆われた手がベッドに投げ出される。ミステリアスな容姿からは想像もつかない、粗暴な動作だった。
「今日くらい早く起きろよ、この不精女」
「……。……寂しいのか? 私と別れるのが」
「はあ? ちげーよまだ全然段取り聞いてねーからだよ」
「段取り? 十分伝えただろう、君ももう子供じゃないんだから。ヴェルエンタまでは徒歩でも二日頑張れば着く。カラレはヴェルエンタ中どこからでも路線の繋がる都会だ。試験日までは二週間ある、更に言うと星環祭までは二年半だ。焦る必要はない」
「どうかしてるぜ! 大犯罪をやれって言うわりに、アンタはまるで教会にガキを捨てる気分だ……」
「君には、十分な能力と知識を与えたつもりだけどな。これが信頼でなくて何だ、アトラス。……あだっ」
アトラスは、恩着せがましく言って背筋をつうと指先で撫でてくる女の寝惚けた目元をぺちっと手のひらで引っ叩いた。もうまともに構っていられない。説明不足で失敗しても自分のせいじゃない。あーあ、せっかく頼みだって言うから張り切ってんのに……とは言わなかった。彼女にとって自分があくまで道具でしかないことは理解していた。
「……もう行くのか?」
「出発のタイミングをずらそうって言ったのはアンタだろ」
「まだ船は停まっていないぞ」
「ここにいたところで、どうせアンタは起きねーし」
「待て、渡すものが一つだけある」
彼女は言って、ベッドから垂れるようになりながら荷物に手を伸ばし、何かを探り当てて、ほいっとアトラスに投げて寄越す。受け取ってみるとそれは手帳のようなもので、開いてみると片面にいくつかの魔術式が組み込まれた文字が、もう片面には台紙がある。
「ファクシミリだ。私のアドレスは既に登録してある」
「ふぁく……なんて?」
「私が作った方が安上がりだったが、都市生活には必需だろうから既製品を用意してやった。感謝しろ」
なんだ、お手製じゃないのか……と顔を顰めて「ふうん」と適当に返事をして、アトラスはそれをコートのポケットに突っ込んだ。察するに、通話以外の通信手段のようだった。まあ、離れている間はフォルテを頼らないと決めているアトラスには不必要なものだ。
「じゃ、また……三年後だっけ」
「ああ」
「俺が彼女作って就職してても泣くなよ」
「もしそうなれば、泣くことになるのは君の方だな」
彼女はまた掛け布団を引っ張り上げて包まり、アトラスに背を向けて言う。
「君は私の
アトラスはそれを聞いて、彼女から見えないのをいいことに思わず笑ってしまった。三年——まだ(推定)十三歳のアトラスにとっては、途方もなく長い時間。
大陸を変え、首都ヴェルエンタへ。学院の入学試験は魔術実技で突破し、三年次で、十年に一度の星環祭の儀式を受ける生徒を選ぶ選抜を通過。そしてそこで儀式に使われる、魔術
「ああ、速攻で終わらしてやるからさ。——早いとこ、また俺を連れ去ってくれよ!」
アトラスは未練を振り払って、速攻で終わるような計画ではないけれども、そう言い放った勢いのままに客室を飛び出した。絶妙な感触のカーペットは、これまでのアトラスの人生では考えられないような上質なものだったが、昨晩と今朝で踏み慣れた。一人で他人と話すのももう怖くない。手続きや買い物だってできる。
フォルテが知らないことも、世界にはきっとたくさんある。教えられてばかりの関係は終わりだ。三年後きっと、学院を卒業したアトラスはフォルテが追い縋るほどの男になるのだ!
■
——そして航海は終わり、アトラスはそれから、ヴェルエンタ市に辿り着くまでに約一年半の月日を要した。
その間、財産を失い、街々を彷徨い、
「……は? 入学できない……? ここの試験は誰でも受けられるって言ってたのに!」
「確かに、本校は身分を問わず選抜する枠を用意しておりますが……次の実施期間は、通常の試験と同じく、半年後ですよ」
「…………」
Xデーまでの期間は、残すところ一年である。
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