推し活したい魔王令嬢は今日も僕を逃がさない。〜虐げられているところを助けてくれたと思ったら、とんでもない変態美女だった件。ちょ、あの、近寄らないでください〜

ナガワ ヒイロ

第1話 魔王令嬢の目は血走る





「ぐふ、でゅへ、ふひひひ、ヴァイスきゅんが今日も可愛すぎるぅ!! てか鎖骨エッロ!! 首筋ペロペロしたいぃいいいッ!!!!」


「アシュタロト様、流石にキモイです」


「んはあっ!! 推しからの罵倒と汚物を見るような目っ!! ぐふっ!! ごちでーす!!」



 夜。誰もが寝静まり、明日を生きるために備えるこの時間帯。

 魔王が住まう城、魔王城のある部屋で僕は悪態を吐く。


 原因は言わずもがな、ベッドに寝転がって僕を性的な目で見てくる女性魔族にある。


 彼女の名前はアシュタロト。

 この地上で最強の生物たるドラゴンを操ることができる魔法の使い手。

 そして、魔王城の主こと大魔王の七十二人の娘の一人である。



「ほら!! 早く私のベッドにおいで!! ほら早く!! 服脱いで早く!!」


「嫌です。何されるか分からないので」


「ダイジョーブ!! 何もしないよ!! ナニもしないから!! ほら早くカモン!! でゅふ、ぐひひひひひひひひひ!!!!」



 ……僕にとっては、常に鼻の下を伸ばしてエロいことを考えている変態でしかないのだが。


 あれは絶対に何かするつもりの目をしている。



「はあーあ」


「やばっ。推しの溜め息!! 吸わなきゃ!!」



 本当に。


 何がどうして僕はこんな変態な女性と過ごしているのだろうか。


 僕は今に至るまでの出来事を、ふと思い出した。













森人エルフの皮を被った化け物め』



 いつの頃からだろうか。

 僕は物心ついた時から、エルフの里で忌み嫌われている。


 その原因は、老人のように真っ白な髪と血を彷彿とさせる真っ赤な瞳にあった。


 親の顔は知らない。

 もう死んでいるのかも知れないし、里で普通に暮らしているのかも知れない。

 どのみち、地下牢で常に手足を繋がれている僕に知る由は無いのだ。


 では何故、忌み嫌われているのにも関わらず、殺されないで地下牢に囚われているのか。

 それは僕が類稀な魔法の才能を持っていたからだった。


 魔法というのは、まだ国という概念ができる前から存在する奇跡に等しいもの。あまり詳しくはないので、それ以上のことは知らない。ごめん。


 とにもかくにも、僕はその魔法を使うことができたため、何かあった時のための戦力として生かされているってわけである。

 まあ、戦力と言っても実際は皆が逃げるための時間を稼ぐ生贄。


 要するに使い捨ての駒なのだ。


 当然、忌み嫌われている捨て駒を丁寧に扱ってくれる人が里にいるはずもなかった。



「名無しぃ、ご飯持ってきてあげたわよ」


「ほら、ちゃんと食べなきゃ。いざという時に戦えないよ?」


「腐ってるけど、ちゃんと感謝して食えよー」



 僕の食事は三日に一度。


 与えられるものは基本的に腐っていて、地面にぶちまけられる。


 それを手で取って食べるのだ。


 ちなみに、名無しというのは僕のことを意味している。

 エルフは五歳の誕生日に親から名前をもらう習わしがあるのだが、僕には親と呼べる人がいない。


 そのため里のエルフたちからは『名無し』という名前で呼ばれているのだ。


 名無しが名前って、なんか変だよね。


 そんなことを考えながら、僕は地面に落ちた腐った食べ物を頬張る。

 最初はお腹を壊しちゃったけど、胃腸が鍛えられたのか、最近は食べても全然平気なのだ。



「ぷっ、ホントに惨めね、名無しは。私、こんな気味の悪い髪の色に生まれなくてよかったわー」


「うぐっ」



 そう言ってエルフが僕の頭を踏む。


 酷い時はストレス解消を理由に殴る蹴るの暴行を受けるくらいだ。


 踏むだけな分、今日はマシな方だろう。



「……あ、そうそう。この前、大人たちの話をこっそり聞いてたら、あんたの話してたわよ」


「僕の話、ですか?」


「そ。あんたを奴隷として人買いに売っ払っちゃおうか、だって。ふふ、良かったわね? あんた顔だけは良いし、きっと物好きな猿共人間に買われるわよ」



 そっか。僕は売られるのか。


 僕はいざという時の戦力として生かされているわけだけど、エルフの里は森の奥に隠されている。

 滅多なことがなければ、いざという時なんて来ない。


 少なくとも、ここ数十年は無かった。


 僕が生まれてすぐの頃は、人間と魔族の戦争が激化していて、エルフの奴隷狩りがあったらしいし、そういう意味でも戦力は必要だったのだろう。


 しかし、最近は戦争が落ち着いていて、世界は平和になりつつあると里のエルフたちが言っていた。

 とどのつまり、僕は里に要らなくなったのかも知れない。


 ……それはそれで嬉しいかも。


 仮に僕を買った人がどんなに酷い人でも、ここよりは遥かにマシだろうしね。


 なんて考えていたその時だった。



「ん? 何かしら?」


「妙に外が騒がしいね」



 地下牢の外が妙に騒がしい。大人たちが慌てているのか、足音が地下牢まで響いてくる。



「オレ、ちょっと見てくるわ」



 僕を嘲笑っていた男のエルフが階段を登り、地下牢から外へ出た。


 そして、悲鳴が地下牢全体に木霊する。



「な、なんだ、これ、うわあああああッ!!!!」



 その悲鳴が収まると同時に地上へと繫がる階段を転がり落ちてきたのは、先程の男のエルフの生首と胴体であった。



「ひっ、な、なに、これ!?」


「う、うそ、外で何が起こってるの!?」



 何が起こったのか理解できず、パニックに陥る二人の女性エルフ。


 僕は外で何があったのか匂いで分かった。


 武器と武器が交わる金属音、鉄臭いほどの濃厚な血の香り……。


 地下牢の外では、戦闘が起こっているようだ。


 しかし、それはものの数分で静まり返ってしまった。

 やがてコツンコツンという、地下牢へ続く階段を降りてくる足音が響いた。



「やっと、やっと見つけたわ。ヴァイスきゅん」



 綺麗な女性の声だった。


 鈴のように耳に残るような、どこか色っぽさのある美しい声だ。


 ……きゅん? ヴァイスって、誰のことだろう?



「ひっ、な、なんなのよ、あんた!!」


「里の男達は何やってんの!!」


「……あら、まだエルフがいたのね。安心しなさい。貴方たちは魔王軍の奴隷として生かしてあげるから、しばらく寝てなさい」


「「きゃあっ!!」」



 女エルフたちの悲鳴が聞こえた後、再びコツンコツンという足音が響く。

 僕がいる牢屋の方へ近づいてきたようだ。


 僕に腐った食べ物を与えにきたエルフたちの松明が、その謎の人物を照らし出す。


 とても、とても美しい女性だった。


 艶のある黒髪を腰まで伸ばしており、僕と同じ真紅色の瞳をした大人の女性。


 背丈は2m近くあり、大きな胸や細く括れた腰、肉眼的なお尻やむっちりした太ももを強調するような、漆黒のドレスをまとった美女である。


 しかし、エルフではない。ましてや人間ですらなかった。


 切れ長の耳ではあるが、エルフよりも短く、頭には角が生えている。

 腰からは漆黒の鱗をまとわせた翼と尻尾が生えており、一目見て理解した。


 彼女は、魔族だ。それも尋常ではない気配を漂わせている。


 間違いなく、ただ者ではない。



「……貴女は、誰ですか?」


「ふふ、初めまして。私はアシュタロト。ヴァイスきゅん、貴方を迎えに来たの」


「ゔぁいすきゅん? 僕の名前は名無しですが」


「え? あ、そっか。まだ勇者ちゃんに助けられる前だから……ブツブツ……」



 アシュタロトと名乗った女性魔族は、僕の言葉に頷いて何か独り言を呟き始める。


 もしかして、変な人なのだろうか。



「あ、ご、ごめんなさい。ヴァイスというのは、貴方の新しい名前。ヴァイス・ロートヴァールよ」


「ヴァイス、ロートヴァール?」


「そう。貴方の雪のように綺麗な白い髪と、ルビーのような真紅色の瞳が名前の由来ね。ちょっと安直な気もするけど」


「……綺麗なんて、初めて言われました……」



 いつも老人みたいな髪色で気持ち悪いとか、血みたいな目で気持ち悪いって言われてたのに。


 ちょっと嬉しいかも。


 このアシュタロトという女性魔族、変な人だけど、悪い人では無いのかな。



「あの、僕をどうするんですか?」


「そうね……。まだ詳しいことは決めてないわ。貴方の居場所が分かってすぐに軍を動かしたのだもの。まあ、後で話し合いましょう。そんなことより――」


「?」



 アシュタロトが鉄格子にガシッと捕まって、鼻息を荒くしながら牢屋の中の僕を見つめる。



「取り敢えず、吸っていいかしら?」


「すう? 何をですか?」


「ヴァイスきゅんの香り。ヴァイスきゅんのヴァイスきゅん成分を」


「……え?」



 血走った目でそう言うアシュタロトは、なんというか、うん。


 美人が台無しになるくらい、とても気持ち悪かった。

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