第2話 王子様登場
「うふぅん、アーネストぉ」
私は隣に立つ青年の腕を取り、下から仰ぎ見る。その時、
キモッ!
自分で自分に鳥肌が立つ。
地味顔で、色気の一欠けらも無い私がこんな事をしても、似合わないどころか、
だが、自分で決めたことだ。いくら気色悪かろうとも押し通す。
「アイリスッ、なんて可愛らしいのだっ!」
感極まったように私の肩を抱くのは、アーネスト=グランシル=エルダーナ様。
我が国の優秀な第2王子様だ。
王族特有の白銀の髪に赤みの強い茶色の瞳を持つ美青年。
繊細に整った顔なのに、女性らしさは微塵も無い。しっかりとした男性の美しさを持っている。
身長も高い。チャールズに負けてはいないようだ。
チャールズはガッシリとしたガチムチ系だが、アーネストは細身のしなやかなスタイルをしている。
私がパーティー会場に入場すると、すぐに私の傍にきてくれた。
この “ざまぁ” に協力してくれる私の味方だ。
アーネスト王子を狙っていただろう令嬢達は、一瞬何が起こったか分からなかったみたいだ。それはそうだろう、キラキラ王子様がエスコートしたのが、誰も知らないモブだったのだから。
余り知られていないが、私はお母様が亡くなるまで、アーネストとは幼馴染として過ごしていた。
もしかしたら古い歴史を持つハーナン侯爵家の娘である私は、アーネストの婚約者候補だったのかもしれない。
毎日のように王宮に行き、アーネストと仲良く遊んでいたのだから。
だから、アーネストに “ざまぁ” を手伝ってもらうことにしたのよ。
本当だったら、王族のアーネストに、こんなことをお願いするなんて間違っているのは分かっている。
それでも一生に一度のお願いだからとアーネストに頼んだ。私の “ざまぁ” に手を貸してほしいと。そんなあさましい願いをアーネストは快諾してくれた。
「ああ愛しいアイリス。俺の側から離れないで。俺の大切なアイリスを他の誰かに奪われたりしたら、俺は狂ってしまうかもしれない」
グイッ。
アーネストが私の腰を抱き寄せる。
その上、蕩けるような甘い表情付きだ。出血大サービスってやつだ。
近い近い、近すぎる。
ほとんどアーネストの胸の中に抱き寄せられているような状態になってしまった。
焦った私は、思わずアーネストの胸に手を当て押し返そうとして、ハッと気づく。
まあ私ったら、なんてダメダメなの。
折角アーネストが私のために迫真の演技をしてくれているというのに。
そう、演技。
私がアーネストに頼んだのは、恋人のフリをしてもらうこと。
このパーティー会場で、私の恋人としての演技をしてもらうようお願いしたのだ。
私はアーネストの演技力に舌を巻く。
なんて凄い演技なの。まるで本心から思っているように見えるわ。周りの人たちも、アーネストの態度に目を見開いて驚いている。
今まで結婚相手への理想が高すぎて、誰とも婚約していないのに、そのことに文句をいわせない完全無欠の王子様が、自身の腕の中に女性を抱き込んで愛を囁いている……。ように見えるのだから。
周りの令嬢達からの悲鳴が耳に痛い。
アーネストに腰を抱えられ、固まってしまっていた私は、アーネストの更なる演技に鼻血を吹き出しそうになった。
あろうことかアーネストは、愛し気に私の髪の一房を手に取ると、そっと唇を寄せたのだ。
美形、絵になる! それなのに相手がモブ。ごめんなさい。土下座して謝りたくなる、やれないけど。
アーネストやりすぎぃ。アーネストの腕の中から飛び出したくなるのを、何とか堪える。
自分がヘタレてしまったら、幼馴染のためにと “ざまぁ” に協力してくれているアーネストに対して、恩を仇で返すことになってしまう。気を引き締めなければ。
私はアーネストへとニッコリと笑いかける。
鼻血出てないでしょうね。
何気ないフリをして、口元へと手を添えて確認する。
微笑みあう恋人同士……。に、見えているだろうか。顔面偏差値には、ずい分と開きがあるのだが。
「おかしいわよ。こんなの嘘だわ」
私とアーネストのイチャイチャを見せつけられていたジェイニーから詰るような声が聞こえてくる。
可愛らしいジェイニーの顔は険しい。
愛らしいジェイニー。全ての人に愛され護られてきたジェイニー。
私はいつもジェイニーから色々な物を奪われてきた。
ジェイニーは私の物を欲しがるから。
高価な物だろうが、安物だろうが、私の持っている物を全て奪い取らなければ気が済まなかった。
だからこそ、どんなに望んでも手の届かない王子様であるアーネストに、私の恋人役をお願いしたのよ。
どんなに望んでも、どんなことをしても姉から奪い取れないアーネスト。
今迄散々蔑んできた姉が、自分より高みにいて、自分を見下してくるのよ。自分より下だと軽んじていた姉が自分を馬鹿にしているのよ。
オーッホッホッホッ。
ジェイニーに屈辱を、悔しさを、嫉妬を与えてあげるわ。
ジェイニーに最高の “ざまぁ” をかましてやるのよ。
私はニッコリと笑顔をジェイニーへと向けるのだった。
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