第3話 最悪な一日

どうやら、俺は過去を回想中に気を失っていたらしい。


俺は地面に転がっているみたいだ。しかも……。


(か、身体中が痛い……!?)


しかし、その答えはすぐにやってきた。


腹に激痛が走る。


「おらぁ!何寝てんだぁ!?このクソデブが!」


「ぐは!ぐえ!」


俺は地面に横になったまま、蹴られ続けていた。


(ま、まだ終わってないのね!……せっかく気絶しているのであれば、すべて終わっていて欲しかった)


「おら!おらぁ!」


「はえ!ばえ!どわ!」


俺は蹴られるたびに、エビのような動きをして変な声を出していた。消してふざけているわけではない。本気で痛くて、その動きになってしまうのだ。


しばらくして、蹴ることに疲れたのか。蹴るのを一旦止めた主犯格で、俺と同じクラスのエボル=ド=フェクトール。


「はぁ……はぁ……」


「うぅ……」


俺は地面に腹ばいになって顔も上げられない。


エボルは俺の前にしゃがみ込むと、髪の毛を掴んだ。そしてグイっ!と、持ち上げる。


「う!?」


俺とエボルの視線が合う。


エボルはいわゆる精悍な顔つきだ。パッと見は爽やかなイケメンだが、中身は全然爽やかじゃない。


「んだよ?その眼はよぉ?」


凄むエボル。


「いや……、人って内と外って全然違うなって……」


「何言ってんだ!?このクソが!」


ペっと俺に唾を吐きかけるエボル。


唾が頬のあたりについたまま、俺は恨めしい眼でエボルを睨んだ。


「…………俺は貧乏なんだよ。金なんて無いっていつも言ってるだろ?」


「おい、クソデブ。テメェ調子に乗ってるな?俺が金が欲しいって言ったら、素直にもってくれば良いんだよ!」


「だから金なんて……」


「うるせぇ!」


「ぶほぉ!?」


掴んだ俺の頭を、グリグリと地面に押し付けるエボル。


「お前の家は、子爵家だ。実家に頼めば少しは金を都合つけてもらえるだろう?」


俺は地面とキスしながら口答えする。


「ぶばばば……。じ、実家に?俺は出入り禁止にされてる……」


「なら、お前のバイト代を寄越せ!バイトしているんだろ?ああん!?」


「そ、そんな……。あれは俺の生活費……」


「うるせぇ!」


俺の腹に蹴りが入る。


「ぐほぉ!?ぼ、ぼこぼこ蹴りやがって、俺はボールじゃねーぞ……」


「あぁ?お前はサンドバッグだ。サンドバッグの分際で言うこと聞かないのか!?あん!?」


「が!?」


次に俺の顔面に蹴りが入る。


鼻血が噴き出し、俺は泣き面に鼻を押さえて転げ回る。


「い、痛ぇ……、俺の鼻がぁ!高くはないけど、俺の鼻がぁ!」


エボルは


「おいおい、エボル。死んじまうぞ?」


「大丈夫だって。こんなクズデブ、死んでも誰も気にしねーよ」


「キャハハハ!まじで酷いんですけどぉ。でもエボルの言うとおりぃ!」


女子生徒達も、笑いながら俺を見ていた。


その中で、一際美しい子が居た。


彼女だけは笑っていない。むしろ悲しそうな顔で、俺を見詰めている。


彼女の名前はルシフィアだ。


「ちょっと。もういい加減に止めなさいよ!」


ルシフィアは、たまらない!って感じで叫んだ。


「……ん?ルシフィア?何だ?」


エボルはルシフィアのほうに目をやる。


(ル、ルシフィア……)


彼女の名前はルシフィア。このロルマーノ王立魔法学園の三大美少女の一人と言われており、高等部のアイドルだ。高等部にもう一人ジェリスと、中等部に一人いる。


ルシフィアの家は伯爵家。つまり上級貴族のお嬢さんだ。そして彼女は頭脳明晰で非常に美しい容姿をしており、かつ優秀な魔法成績で学校内でも超有名生徒だ。


ここだけの話、俺はルシフィアに惚れていた。


ひそかな片思いだけど……。


そのルシフィアが俺の前に立ちふさがって両手を広げて中止を求めた。


「やり過ぎよ!こんなことが学園に知れたら罰せられるわよ!」


ルシフィアは、皆を睨んだ。


他の生徒達は笑った。


「なんだよ。ルシフィア、いい子ちゃんぶってよぉ?」


「いくら学園アイドルだからって、俺らの楽しみを奪うなよなぁ?」


しかし、ルシフィアは怯まない。


「もう十分楽しんだでしょ。お開きよ!お開き!」


「はぁ?ここからが面白いのに、何言ってんだよ。ルシフィア」


「やりすぎだって言っているのよ!」


皆は顔を見合わせて肩をすくめる。


俺は感動してルシフィアを見上げた。


「…………ル、ルシフィア」


俺とルシフィアの眼が絡み合う。


「…………」


「…………」


しかし、エボルが苛ついた声で怒鳴る。


「おい。クソデブ!何、ルシフィアを見てんだよ!!ルシフィアが汚れるだろ!!」


「み、見ただけじゃないか……」


「うるせぇ!どけ!ルシフィア!」


「きゃ!」


エボルはルシフィアを横に、ぐい!っと退けると……、ルシフィアはヨロヨロとフラつく。


そして、エボルが俺の前に再び立つ。


「ぶ!?」


また顔に蹴りである。


「また、鼻ぁ!?」


俺は鼻を押さえて地面に倒れる。


エボルは何やら思いついたようで、黒い笑みを浮かべた。


「そうだ、こいつ全裸にしてみようぜ?」


「おっ!いいね!面白そうじゃん?」


盛り上がる生徒達。俺は慌てて立ち上がろうとする。


「えっ!?や、やめ……」


「勝手に立ち上がるんじゃねーよ、クソブタがっ!」


「アガッ!?」


またも、俺の顔に蹴りが突き刺さる。


意識が朦朧としてきて、また気を失いそうになるが、気を失ってしまえば、何をされるか分かったものではない。


「おら。お前らはズボンを脱がせ!俺は上だ」


数人がかりで押さえつけられると、身動きが取れない。


「や、止めて……」


俺はチラリとルシフィアを見る。


「!?」


しかし、彼女は集団から外れて走って行ってしまっていた。


(そ、そんな……唯一の味方がぁ)


俺が涙目でルシフィアの背中を見送ると、エボル達が俺を羽交い絞めにする。


「う……!?」


「おら!ここからストリップショーのはじまりだ!」


その後は、公開処刑だった……。


服を全部はぎとられてしまった俺は、見世物にされた。


「はははははははっ!面白ぇ!キモ!キモ過ぎるぜ!」


「おら!手で隠すんじゃねーよ!チビオーク!」


「ぎゃはははははは!まじウケる。おい!これだけだ魔法写真で撮影しておけよ」


「こんなののために、魔法写真使えるかよ。ぎゃっはははは!」


「きゃー!もう、最悪ぅ!」


周囲から浴びせられる侮蔑の言葉と冷たい視線。


悔しいやら恥ずかしいやらで、俺は涙目になりながら、必死に耐える。


「うっ……ぐっ……あぅ……」


泣くのを必死に堪えるも、惨めで目に涙がたまってくる。


皆はさんざん俺を笑い者にして、最後は俺のカバンに泥を詰めて帰って行ってしまった。


静けさが戻った校舎裏……。俺はヨロヨロと立ち上がる。


裸のまま、そこら中に散らかった服を拾って集める。


「うぅ……うぅ……くそ。今日は最悪な一日だった……はぁ……」


今日ばかりは、死んだ母さんの言いつけどおり笑って過ごすことは、出来なそうだった。


情けないやら、悔しいやらで眼に涙が浮かんでくる。俺はそれを必死に耐えることしか出来なかった。


ボロボロになった服を着ていると、校舎裏の角から物音がする。


ジャリ………。


「……?」


俺は音のほうへ顔を向けると、そこにはルシフィアが立っていた。


「ル、ルシフィア……!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る