お見送りはディナーの後で
結局、寂しがるジンさんに引き止められて、少し早めの夕飯をご馳走になった。
カセットコンロでレトルトを温めたディナーだけど、ウサギを見失ってしまったからちょうど良かったかもしれない。
誰かに作ってもらうゴハンは久しぶり過ぎてちょっと涙が出た。
食べながらまた少し話をする。転校するまでこの学校に通っていたこと。去年まで大学生だったこと。両親と妹のこと。
「ああ、そうだ。ジンさん」
「なに?」
「なんであの黒板に書こうと思ったんですか?こっちの校舎の方がきれいじゃないですか」
「うーん……なんでだろう。建物の中に木がなかったからかなあ。いくら樹木化してても、もし治る方法が見つかったら誰かに見られるの恥ずかしくない?」
「私が読みましたけどね。でもあそこは取り壊し予定だから確かにちょうどいいかも」
治る、という言葉を聞いて、ドキリとする。治って欲しいとは思っているけど。それは永遠にない気がする。
少なくとも私達が生きている間に、その原因を解明して治療にまで行きつけるだろうか。もしくは解決の手段を持った他の生存者に辿り着けるだろうか。
「ジンさんは案外ロマンチストなんですね」
「そう?」
「医療で解明できることだと思いますか?」
「分からないけど。奇跡が起きればいいなと毎日思ってるよ」
「神さまがいるなら今こそ奇跡の使い時じゃないですか」
「……まあ、そうね」
ジンさんはレトルトの袋をゴミ箱に押し込みながら「それでも僕は信じてるよ」と小さく呟いた。
ちゃんと分別してるのえらい。『環境に配慮したバイオマスプラスチックを使用しています』とゴミ袋に印刷された文字を皮肉な気分で見つめる。
仮に奇跡が起きてある朝目覚めたら、他人の出したゴミの中にいたなんて嫌だもんね。
ああ、この人はこんな状況でも心の底から未来を信じているのだな。今しか信じることが出来ない私とは違うんだ。
気が狂いそう、と言いながらも自分を律する術を知っているし、心がたくましいのかもしれない。
私はさっき彼に「ひょろひょろ」と言ってしまったことを少しだけ反省した。
★
「え、それなに?」
いよいよ帰る段になると、ジンさんは「お見送りする」と言って校門の外までついてきた。
私はバイクのハンドルに無造作に引っ掛けておいたフルフェイスのヘルメットを手に取る。「それ」とは?ヘルメット?
人はいないけど、ヘルメットはデコボコや障害物の多い道で頭を護るのに有効ですよ?
しかしジンさんはバイクを凝視しているので、質問の意味を取り違えたのだと瞬時に悟る。
「二輪車ですが」
「それは分かる。燃料は?」
「電動です。ガソリン式の中型バイクと同じくらいの馬力はありますよ」
「マジか。電力どうしてるの?」
「うちは太陽光発電で蓄電池もあります。これ便利ですよ。タイヤもオフロード仕様にしたので根っこも軽々乗越えられます」
「自分でやったの!?」
「二輪免許と整備士の資格持ってます。ヘッドライトはLED、ウィンカーとブレーキランプは要らないと思って走行に全振りしてあります。災害時に一番活躍したのはオフ車より小回りの利くバイクですからね」
「へえ、そうなんだ。僕バイク乗った事ないよ」
ジンさんは感心したようにバイクと私を見比べたけど「それ、あなたの日記に書いてあったんですよ」と言うと、猫のフレーメン反応みたいな顔をした。
「あ、そうそう。日記書き続けてくださいね。また来た時に詳しく話しますから。私と会ったことは絶対書かずに、未来生活を『ライティング』してください」
「依頼ですか」
「私とあなたの未来を救うと思って。報酬は弾みます」
「いらないよ」
貰っても意味がない、と彼は笑った。報酬は金銭だけとは限らない。
今度来る時は、もう少し大型のバイクで来ようと思った。いつもは荷物を載せるだけの荷台に、彼を乗せて走るのも悪くない。本人が望めば乗り方を教えてもいい。
私はヘルメットのシールドを下ろし、バイクのエンジンをかけた。家に着くまで充電が保つかどうか不安だが、今日は荷物もないしギリギリいけるだろう。
軽いモーター音を響かせながら
ちらりとミラーの中を覗き込むと、木立に紛れ沈みかけた夕陽の中でひょろ長い影が手を振っているのが見えた。
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