第2話 「恥ずかしいわ…」こんな世界に迷いこむところから、物語がはじまる。「星野君の二塁打」を、知らない?それもまた、恥ずかしいわ…。

 ククルスドアンの店って、何だ?

 「ああ…エロイなあ」

 ツバキは、よほど、混乱していたんだろうな。

 意味のわからない言葉を吐いて、自然に、あごをさすっていた。これから、本当にエロくなっていくとも、知らずに。

 「ヨシユキのクセのように、なってきた。ははは…」

 ヨシユキとは、同じ塾で働いていた、講師仲間の1人。あごひげをさするのが、クセだった。

 今日は、最後の授業だ。

 最後の授業を終えたツバキは、講師の控室に戻って、ため息をついていた。

 「非正規は、つらいよな。生徒たちに、あれを、読ませてあげたかったなあ」

 ツバキの言う、あれっていうのが、この本だ。

 「星野君の二塁打」

 1947年原作の、児童小説。

 元は、雑誌に載った話。

 ある野球大会で、打席に立った星野君は、監督に、送りバントのサインを受ける。

 が、星野君は、納得できず。

 「いやだ。僕には、打てる気がする。バントなんて、いやだ!」

 なんと、星野君は…。

バットを、振るってしまう。

 送りバントのサインが出ていたのを知っていたのに、無視。

 結果は、二塁打。

 チームは、勝利!

 すると…。

 サインを無視して、二塁打を打ってしまった星野君は、監督に言われてしまう。

 「犠牲の精神がわからないような人間に、社会を良くすることなんて、できないだろうね」

 星野君は、次の大会で、レギュラーメンバーから外される。

 自己が犠牲になって、他人や組織を生かす意味って、何なんだ?

 「できれば、こういう犠牲の話を、聞かせてやりたかった。俺たち非正規労働者が、正規の労働者の犠牲にされていくことと似ているかもしれないものな。エロいなあ…」

 あなたは、読んだことがありますか?

 「星野君の二塁打」

 野球が好きなら、読んでみたい。

 「野球、か…。タツミ先輩に、ヤマシタ、スナガ、タカクラ、タナカ、クマダ、オオウチヤマ、ヨシユキ、ワカツキ、シンカイ、オカムラ、イケダ…。皆で、何度か、草野球をしたっけなあ。全員が、野球好きだったもんな」

 何を言いたかった本、なんだろうな?

 「ルールを守る意味」

 「考えをまとめる意味」

 「集団行動の、意味」

 星野君は、サインを守って、送りバントをしなければならなかったのか?

 しかし、守るだけじゃあ、何も考えない人になるだけなんじゃないのか?

 「場所を、変えよう!」

 ツバキは、関西地方の山側に、移住した。

 …にしても、ピンチだ。

 どうするよ?

 子どものカワセは、まだ、小さい。

 「あーあ…。星野君の二塁打」

 ぼんやりしながら、町を歩く、ツバキ。

 「これから、どうすれば良いんだ?」

 と、突然、変わったキャッチコピーののぼりが立てられていた店が、目に入った。

 「私を、はじめました」

 あ、何だ?

 ツバキの下半身が、送りバントのサインをいやがっていた(ここ、意味がちょっとわからなくなった)。

 温泉旅館のような、たたずまい。

 野球の絵が描かれていたのれんをくぐって、店に入る。

 「いらっしゃい」

 よゆうのある女性の、声。

 店の中には、いくつものショーケースが、立ち並ぶ。カードゲームのショップかと、思えてしまったほどだ。

 …何の店?

 色とりどりのスマホが、10も20もあるケースの中に、1つ1つ入れられて、飾られていた。

 「いらっしゃい」

 30代…、いや、40歳代にも見えた女性が、腕を、まくった。

 「この店の、女将か?きれいな人、だ…」

 白衣の姿。

 「あのう…、お客様?」

 「ああ、はい」

 「私を、はじめましたから」

 「はい?」

 エロそうな、言い方。

 「お客様?」

 「ああ、はい」

 「何に、しますか?」

 「じゃあ、私をっていうなら、あなたにします」

 「かしこまりました」

 …ちょ。

 冗談、だったのに。

 「恥ずかしいわ…」

 女性の顔が、赤くなっていく。





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