第9話 五月山ハイキング その1

 導かれるように(考えなしに)五月山に向かうトンネルに足を踏み入れた私。この時正午より少し前。

 トンネルの先にハイキングコースの看板を発見。なになに…‥五月山まで80分ぐらい。おぉ?!楽勝やん。そんな近いんやー とウキウキ歩き出した。そう。確かに五月山までは一時間ちょっとで着く。しかしあくまでもまでは。

 この時の私の頭には、阪急池田駅から電車で帰るということがスッポリと抜けていた。とにかく五月山に行けばゴールだと。


 トンネルの先には小さな川が流れ、所々倒れた木々がそのままになったワイルドな道が続いている。とは言えハイキングコースなので、キチンと人が歩ける山道になっていた。初心者の私にはもってこいだ。

 川音と蝉の声を聞きながらなだらかな登りを進む。ツクツクボウシとミンミン蝉の声が夏の終わりを告げている。さほどキツい道でも無く安心してひたすら無心で歩く。誰も居ない。自然の音だけ……と言いたいが、大阪空港(伊丹空港)に近いこの辺りはしょっちゅう飛行機の音がしている。しかし生まれた時から空港のある街に住んでいるため、飛行機の音はもはや生活音。電話をしていても、テレビを見ていても爆音で邪魔してくるが、慣れとは恐ろしいもので聞こえているけど聴こえなくなってくる。お陰でどんなにゴウゴウと飛行機音が轟こうとも私の耳には蝉の声しか届かない。

 30分ほどで突然辺りの視界が開けた。杉林だ。

 おそらく杉林自体は所有地だと思われるが、その杉林の真ん中辺りにハイキングコースの山道が伸びている。木のてっぺんの部分以外は枝葉が伐られているため視界が開けている。植樹されているので均等に真っ直ぐ、とにかく真っ直ぐ空に突き刺さるみたいに高く高く伸びていた。

 スギは「直ぐ木(スグキ)」、「進む木(スムキ)」がこうじてスギになったなど色んな説があるが、確かに一直線に空に向かっている姿は一見するとスッキリと気持ち良いものだが、ずっと眺めていると堪らなく不安な気持ちになってきた。

 

 例えば街路樹なんかは出来るだけ光合成しようと、太陽が一番当たる場所目掛けて枝葉を伸ばす。そのため樹形がうにょーと曲がっているものが多い気がする。周りの木々の間を縫って太陽光を求めるので自然と形が曲がっていく。街路樹なら道路側に枝葉を伸ばすものが多い。障害物となるものが少ないからだろうなぁと思う。でも杉林の杉はとにかく上を目指して、木陰をさけるため周りの誰よりも早く太陽に向かって伸び続ける。ぐんぐんと迷いなく突き進む。真っ直ぐすぎるのだ。なんだろう……狂信的な宗教家?違うな、生涯を捧げる求道者?いや……

 この感じ……何だろうなぁと考えてみて一番近い感覚は、幕末の新撰組の隊員達とか、会津藩の白虎隊の少年隊士達の様な雰囲気。あくまでも私的感覚なのだけど、己れの信じるもの、というか与えられた価値観に純粋に真っ直ぐ従って迷うことなく突き進む感じ。それってちょっと怖いなぁと思った。清らかなんだけど、でもちょっと……

 私は子供が居ないので想像する事しか出来ないが、どの親御さんも自分の子供に苦労して欲しいとか、悩み迷って生きて欲しいなんて思わないだろう。でもまったく苦も無く悩みも無く、失敗や挫折も無く、他人を出し抜いたり、狡いことを考えることも無く生きていくのって難しい。ひとつのことをひたすらに貫く人生っていうのもあるし、そう出来るのは大変だけど素晴らしい人生だろうなぁと想像はするのだが、真っ直ぐ過ぎるのはやっぱり不安。

 竹も真っ直ぐ生えているが、竹には節がある。「節から芽が出る」という言葉もある様に、人生の節目節目で一旦立ち止まり、そこからまた新しく先を進む感じがするので、竹林をみてもあんまり不安を感じない。でも杉林は……見ていると何だか切なくなった。

 独りで黙々と歩いていると、こうやって訳の分からない感情や感傷を覚える。それが楽しい。話し相手が自分しかいないので、身体がキツ過ぎる場合以外はずっとこんな愚にもつかないことを考えながら歩いている。私がうろうろと歩き回る一番の理由だ。

 杉林の終わり、もう一度振り返って景色を見下ろした。戦後、緑化推進のため大量に植えられた杉たち。成長が早く需要があるとして物凄い数が植えられた。花粉症の原因ではないかと言われているが、伐採してももはや需要がないとかでそのまま放置されているものも多いとか。林業の人口も激減しているらしい。

 一生懸命太陽に向かって突き進み、すくすくと成長したのに、厄介者のように扱われている杉たち。感傷に浸り過ぎた思い込みかも知れないが、何となく頭を下げた。だからってどうなる訳でもないのだけれど。


 杉林が終わるとまたしても木々に覆われた薄暗い山道が続く。ゴツゴツの岩が剥き出しの登り坂に『バイク、自転車は御遠慮下さい』の看板が3つもあった。

こんなとこにバイクや自転車でどうやって来るんだろう……世の中にはスゴい人がいっぱいいるんだなぁとちょっと的外れに感心した。

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