第4話

確かに、ジェシカのことを考えるとリリィがトライセラの負担を軽減できない。リリィのことを第一に考えるジェシカがそばにいる以上、王族といえどもリリィに手伝ってほしいなどとは言えない。


トライセラの状況を知った誰もが同情する中で、リリィは最初の疑問に話を戻した。



「そ、それと私との婚約破棄とどう関係があるのですか?」


「簡単なことですよ……貴女との婚約を破棄することで、私は王太子の立場を失うのですよ!」


「は?」


「「「「「????」」」」」



王太子の立場を失う、それは一人の王族として致命的な社会的ダメージのはずなのだが、トライセラはニヤリと笑って言葉を続けた。泣きながら。



「リリィ・プラチナム公爵令嬢……多大な人望と美しさと愛らしさを併せ持つゆえにヒーリングプリンセスとまで呼ばれている貴女様と婚約破棄したとなれば、私の支持率が下がり王太子の座も失うことでしょう。つまりですね、そうなれば……」


「王太子という重荷から……トライセラ殿下は開放されるということですね」


「その通りです! 一日中仕事三昧の日々から私は開放されるのですよ! ははははは!」



やつれた顔で光のない目で泣きながら笑い出すトライセラの姿は狂気すら垣間見える。見ている大多数の貴族が同じことを思った。


トライセラ殿下は心労で壊れて豹変してしまったんだと。



「殿下ぁぁぁぁぁ! 早まってはなりませんぞぉぉぉぉぉ!」



トライセラが泣き笑っている時に、執事服を着た男が駆け寄ってきた。男はトライセラと同じくらいやつれた顔をしていたが、だからこそリリィとジェシカはすぐに気づいた。トライセラの専属執事コアトル・ケツアールだということに。



「なりません! なりませんぞ! 殿下が王太子でなくなったのなら誰が王太子となって次期国王とされるというのですか!?」


「でも、もう楽になりたいよ。邪魔しないでくれ」


「そんなわけにはいきません! 早まらないでくださいませ!」



コアトルはトライセラの肩を掴んでガクガクと揺らすが、トライセラは全く動じない。コアトルが婚約破棄の撤回をするように説得を始めても、歪んだ泣き笑いを止めることもなかった。



「殿下が王太子から降りるというのなら、誰が王太子となるのですか! 十歳になったばかりの幼い第三王子では王太子など無理です! 能天気な国王夫妻にいつまでも政を任せれば国は破滅! 殿下だけが我が国の希望なのですぞ!」


「ふふふ、王太子ならばあの男がいるじゃないか……」


「で、殿下? 何を……?」



不敵な笑みを浮かべるトライセラはコアトルを引き離すと、再びとんでもないことを宣言するのであった。

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