落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ

恋する辺境伯シリーズ

第1話 俺の女神

◇◇◇


 毎日君の夢を見る。


 君が何もかも失って国を追われて俺の手に転がり落ちてくるとか。俺が王位を簒奪して君を無理やりこの手に奪い取るとか。


 できもしないような夢物語ばかりみて、手の届かない君を想う。


 ああ、どうしたって君は手の届かない高嶺の花。苦労知らずの君と血に塗れた俺とでは、到底釣り合わないのだから。


 だからこれは全て、俺の都合のいい夢なんだと思う。


「セシル・アルティメス侯爵令嬢。申し訳ないが君との婚約は破棄させてもらう。代わりにと言ってはなんだがアレクシス、お前がセシル嬢と新たに婚約を結んでくれ」


 ◇◇◇


 大嫌いなダマス王子に呼び出され。無茶苦茶不機嫌なままソファーに寝転んでたら俺の女神がやってきた。


 ああ、俺の女神。愛の使者セシル。今日もなんて美しいんだ。キラキラと煌めく金の髪。神秘的な紫水晶の瞳。いや、やめよう。どんな美辞麗句を並び立てたって、彼女の美しさを表すことなんてできやしない。


 とか思っていたら馬鹿王子がとんでもないことを言い出した訳で。


「アレクシス、お前にはまだ婚約者がいなかっただろう?私の代わりにセシルを幸せにしてやってくれないか」


「……はぁ!?」


 コイツを嫌いな理由は色々あるが、一番の理由はセシルの婚約者だからだ。セシルがこいつの婚約者に選ばれた瞬間から、ずっと死ねばいいのにと思っていた。それなのに、その婚約者の座を俺に譲る、だと?冗談にしてもたちが悪い。ちらりとセシルを見ると、真っ赤な顔で震えていた。ほら、品行方正で温厚なセシルだって死ぬ程怒ってるじゃないか!


「ダ、ダマス殿下!いきなり何をおっしゃるのですか!」


 彼女がこんなに声を荒げるところをみるのはこれが初めてだ。しかし、怒るのも無理はない。何しろ彼女はコイツの嫁になるために何年も研鑽を重ねてきたのだから。


 誰よりも気高く、美しい人。成績優秀、品行方正。貴族令嬢の鏡とまで言われる彼女は、成績底辺、体術も剣術もまるで駄目。王子という身分と顔しか取り柄のないダマスクズなんかには明らかに不釣り合いだった。けれども、馬鹿な子ほどかわいいと思うのか、愛妾に生ませた後ろ盾のない末王子のためにと、国王がごり押ししてセシルとの縁組みを決めたのだ。


 彼女は家のため、ダマス王子の婚約者になることを受け入れた。そこに葛藤が無かったはずはない。その献身が全て無駄になる?そんなの、悪夢以外の何物でもないじゃないか。


「ああ分かってるよ。君は悪くないんだ。これまでも本当によくやってくれた。ただね、先のモンスターパレードの影響でアルティメス侯爵家は甚大な被害を受けただろう?領地の復興に掛かりきりになると、当分は中央の政治にも関われまい。ここまで家門の力が弱くなってしまった以上、私としては君を王子妃として迎えるメリットがなくなってしまったんだ」


「そんな……」


(今までアルティメス侯爵家に散々世話になってきたくせに、クズ野郎がっ!)


 確かにアルティメス侯爵領を襲った今回の魔物の襲撃は、特産品である収穫前の農作物に甚大な被害を与えたと聞く。アルティメス侯爵は現在領地で対応に追われているらしく、ここしばらく登城していない。


「実は私の新しい婚約者として、キャサリーヌ姫の名が挙がっているんだ。私も辛いんだよ。けれど、これも国のためだ。受け入れてくれるね?」


「キャサリーヌ姫と……」


 やたらソワソワと浮足立っている原因はこれか。聖エクストピア帝国のキャサリーヌ姫は、銀髪にアメジストの瞳が神秘的だと評判の美姫。最近成人を迎え、各国から婚約の申し込みが嵐のように押し寄せていると聞く。キャサリーヌ姫がよりにもよって我が国の馬鹿王子を婚約者候補に選ぶとは驚きだが。……まあ、好みは人それぞれだしな。


 セシルは一瞬ぐっと息を呑み静かに目を閉じると、次の瞬間すっと顔をあげ、王子に向かって見とれるほど美しいカーテシーをしてみせる。


「……かしこまりました。それが、この国のためと仰るならば。謹んでこの婚約破棄をお受けいたします」


 真っすぐに前を見つめるその瞳に、もはや迷いはなかった。ああ、彼女はこんなときだって涙一つ見せないのだ。


「すまないな、セシル」


 まるで気持ちの籠らない薄っぺらい言葉一つで、彼女は全てを失ってしまうのに。


 ぐっと拳を握りしめていると、俺を見つめるセシルと目が合った。


「けれど、今回の婚約破棄とアレクシス様との婚約は別問題ですわ。わたくしはダマス殿下のおっしゃる通り、今や落ちぶれかけた侯爵家の娘。アレクシス様にとって、何の価値もない女です……」


 ありえないセシルの言葉に、俺は思わず目を見張った。


「なんの価値もない……君が?」


 彼女が何を言っているのか理解できない。


「ええ。身分以外何も持たない私ですもの。名誉あるロイター辺境伯であるアレクシス様のお荷物にしかなりませんわ」


 伏せた瞳に影が落ちる。ああ、彼女は今、酷く傷ついているんだ。こんな馬鹿のために!


 俺は思い切って彼女の前に跪いた。


「セシル・アルティメス侯爵令嬢。私と、婚約していただけますか?」


 思わず声が上擦る。差し出した手も情けなく震えている。けれど、真っ直ぐに彼女の目を見て愛を乞う。


「どう、して。同情ですか。そんなことで婚約しては、この先きっと後悔なさいます!」


 セシルの声は頑なで、震えていた。


「貴女がこの手を取ってくださるのなら。後悔などするはずもありません」


 俺の言葉を受け、セシルは恐る恐る手を差し出してきた。俺はすかさずその手に指輪をはめる。


「これは……」


 いきなり薬指に付けられた指輪に驚くセシル。


「母から大切な方に渡すようにと受け継いだものです。受け取って貰えますか?」


「アレクシス様のお母様から……でも、これは……」


 セシルの瞳が戸惑いに揺れている。いきなり指輪を贈るのは少々気が早かったか。


「気に入らなければ捨ててください。もっとセシル嬢に相応しい品を後日改めて贈ります」


「と、とんでもない!……大切に致します」


 良かった。俺の嫁になる女に渡せと母上に押し付けられたものだからな。


 俺の治める辺境の地には王都のような華やかさは微塵もない。気の良い奴らばかりだが、荒くれ者も多い。そんな場所に箱入りの令嬢を連れて行くなどとんでもないと思っていたが。


 ―――それでも。彼女を想う気持ちは誰にも負けない。


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