第17話 夜釣り

私の父の釣り友達である、I氏の体験談。

I氏は夜釣りが趣味である。基本的に一人で行く事が多いが、時には友達と連れだって、深夜から早朝にかけて漁港や浜辺、磯などで竿釣りをし、釣った魚を持ち帰って食べる事がI氏にとって休日の楽しみだった。

この日はI氏の友人の誘いもあり、普段行く釣り場よりも離れた場所『N岬』へと夜釣りに出かけた。

その場所はかなり入り組んだ場所にあり、出入りできる場所が山の急斜面の細道しかないため、立ち入る人は他より少なく、シーズンになると大物が釣れる、いわゆる穴場スポットだった。

I氏とその友人は、準備を済ませると車でN岬の付近へと向かった。


時刻は深夜2時を回ろうとしていた。

岬に出入りするための細い山道があるガードレール沿いに車を止め、海方向へ向かって進む。

暗い中、重い釣り道具を担ぎ、斜面の獣道をすべらないように進んでいくその時だった。

がさごそと藪を分ける音がして、下から白い着物を着たお爺さんが上がってきた。

驚いて立ち止まる。

お爺さんはこちらを振り返ることもせず、ふらふらとした足取りでI氏たちの横、獣道を外れた藪を登っていった。

もし、認知症の徘徊老人だったら声をかけるべきなのだが、その時、お爺さんとすれ違った時に

なぜか猛烈に嫌な感じがした。

二人は何も言わず、そのまま浜へ下った。


暫くたって、そろそろ浜につくだろうという時だった。

ふと気がついたら足音が増えている。

I氏たちの長靴の足音に混じって、もう一つ

引きずるような、裸足の足音がする。

先程の光景を思い出して、I氏はぞわっとした。

しかしもう一方で『先程のおじいさんが、なにか困っていてこちらに助けを求めようとしているのではないか。』

そんなふうに心配になった。

恐る恐る振り返ろうとする。

しかし、I氏の前を歩く友人が、突然止まって一言

『うしろ、振り向くな。そのまま浜に出るぞ。』

初めて聞くようなドスの聞いた声でそう言った。

その声に気圧されて、振り返るのをやめたI氏は、また浜に向かって歩き出した。


浜についたら、足音と気配は消えた。

15分程で浜に着くはずが、体感で30分以上たっているような気がしたという。

暫くふたりとも黙って釣りの準備をしていたが、沈黙に耐えきれなくなったI氏は、友人になぜ振り返るなと言ったのか聞いた。

『お前、見えなかったのか。あの爺さん』

友人が言うには、あの老人とすれ違う時に、老人が一瞬立ち止まってこちらを見ていたのだが

その口の隙間から蠅が溢れていた。

『あれはこの世のものじゃない。こちらが足を止めたらきっと、家まで付いてくる。』

そう言いながら、I氏の友人は鞄につけていた厄除け守りを見せた。

一般的な神社にあるようなお守りだが、それはパンパンに膨れていた。

せっかく来たが 気味悪くなったので、I氏も友人もその日は早々に夜釣を切り上げたという。

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