第9話 地蔵

私の父親から聞いた話。

私の父親は釣りが趣味である。休みの日になるといつも、早朝から車で数十キロ離れた場所にあるダム湖へ釣りにゆく。

ダム湖へ向かう道は峠道になっており、事故を起こす車が多いためか途中に地蔵堂がたっている。

地蔵堂にはいつも、大人ほどの背竹の大きい地蔵が3つ、子供の背丈ほどの地蔵が3つ置かれていた。

父がいつものように、釣りに行くためにダム湖に向かって峠道を走っていた時のこと。

地蔵堂のある場所に車が差し掛かった時、父は慌ててブレーキを止めた。

道の真ん中に大人の背丈ほどある地蔵が立っていた。

ぶつかりそうになって、とっさにブレーキを踏んだ。

普段は地蔵堂に並んでいるはずの地蔵が、何故か道の真ん中にある。

見間違いではない。

現に事故を起こしそうになって車を止めたのだ。

紛れもなく地蔵がそこに立っている。

地蔵堂の方を見やると、6体の地蔵がある横にほんの1人分、人が入れそうなスペースが空いていた。

なるほど。誰かが新しく地蔵をあそこに置こうとしたのか?しかし何故、道の真ん中に置き去りにされているのだろう。

不思議に思ったが、他の車が来るといけないので、慌てて車に戻ってエンジンをかけた。

その日は不思議と釣れなかった。

昼が過ぎて、ダム湖から帰るためにまた車に乗り込み峠を走らせる。

ふと朝のことが気になって、朝に車をぶつけそうになった道の近くに車を停めて、そのあたりと地蔵堂を覗いてみた。

道に地蔵はなかった。

それどころか地蔵堂には、朝見たはずの7体目の地蔵が置けるような、人が一人入れるようなスペースなどなかった。

気味の悪いことだ。私の父は未だにそう言って肩をすくめる。

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