耳怪談 聞き集め怪談集
ゑん
第1話 川の話
私の親戚にN村のおじちゃんという人がいる。
その方は親戚の集まりになると一番最初に来てくれる人で、子供の私達にあれこれと面白い話を聞かせてくれたり、お小遣いをくれたり、釣りに連れて行ってくれた優しい人だった。
そんなN村のおじちゃんが教えてくれた話。
おじちゃんがまだ若い時分、一人で山の池に魚を釣りに出かけたときのこと。
山奥の比較的大きな、葦の原の真ん中にある池に、寒鮒と鯉を狙いに行った。
しばらく釣って、持っていったクーラーボックスがいっぱいになるころ、葦の原をかき分けて、誰かが近づいて来る音がした。
おや、同じ釣り人か
そう思っていると、何かおかしい。
靴の足音ではないのだ。
枯れた葦をかき分けて来る、獣のような、しかし獣よりも重たい裸足の足音。
気味悪く思って振り返ろうとすると、急に金縛りにあった。
足音の主の気配が、すぐ後ろまで近づいてくる。
動けない中、真後ろまで来た何者かがぐっと肩越しに覗き込んでくる気配がしたとともに
「一つくれ」
しゃがれた声がして、後ろからけむくじゃらの手が伸びてきた。
猿のように短く硬い毛に覆われた、しかし人のような形の大きな手。
手は真っ直ぐに足元のクーラーボックスに伸びて、中の寒鮒を一つ取るとスルスルと引っ込んでいった。
後ろで何かを噛み砕く音とともに、プーンと生臭い血の匂いがした。
「もひとつくれ」
そう言って手はまた寒鮒を掴む。
気味悪いし恐ろしいが、獲物をすべて取られちゃかなわん。
そう思ったN村のおじちゃんは、なんとか手を動かして、持ってきたタバコをくわえ、火をつけた。
すると、急に後ろで酷く咳き込む音とチッという舌打ちが聞こえ、不気味な気配が消えた。
自由に体が動くようになり、N村のおじちゃんは転がるように山から逃げた。
ありゃ河童だ
おめさんも、一人で山の池の方行くんでねぇ
そう言ってN村のおじちゃんはニッと笑った。
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