魔王の眷族、地竜ユンボ出撃! チート能力は土木作業です。
@masaki-t
第1話 他人の不幸は蜜の味。俺の不幸は異世界転生、南無 ······ 。
スマホの着信音が鳴った。
俺はベッドの上で寝返りをうった。
天井だ。
射し込む朝日がキラキラと光る。
部屋のホコリなんだろうけど、俺は美しいと思った。
スマホはなおも自己主張したけど、取る気にはなれない。
着信音が切れた。
悲しみが限度を越えると、涙も出ないらしい。
何でよりによって、俺の大事な人たちがまとめて亡くなるんだ!
俺は事故を起こした航空会社を呪った。
これじゃあ、翔旭司一座が全滅じゃないか!
俺は失った大事な人たちを思い出さずにはいられない。
じいちゃん。
世界的に有名なマジシャンで、翔旭司一座の創設者。
世間では有名人だ。
でも、俺にとっては何でも言うことをきいてくれる、優しいじいちゃんだった。
翔旭司は継がない、人の命を救う医者になる。
そう俺が宣言したときも、何も言わずに許してくれた。
親父。
翔旭司を継ぐ立場だったけど、じいちゃんとは確執があった。
天才マジシャンと讃えられた、じいちゃん。
それと比べられて、2代目は平凡だ、物足りない、などと言われ続けたらしい。
親父は同じ土俵を避けた。
派手なメイクをして、魔王ヴァルダムと名乗り、黒魔術と称するマジックショーを始めたのだ。
じいちゃんは激怒、親父は実質勘当状態となった。
そしてお袋。
親父が、魔王としてテレビに出たときのADだったらしい。
そして結婚するくらいの魔王好きが、じいちゃんは気に入らなかったらしい。
お袋もじいちゃんに相手にされなかった。
でも、俺は別だった。
魔王人気に陰りがでて、生活が苦しくなった親父に代わって俺を引き取り、育ててくれた。
内心では翔旭司を継いで欲しかったのだろう。
でも、残念ながら俺の才能は親父似だったようで、特にマジックへの熱意は起きなかった。
他にもよく知ったおじさん ······ と言ったら失礼だな。
じいちゃん、翔旭司夢幻斎のお弟子さんが何人も亡くなった。
これでは翔旭司一座はもう解散するしかない。
俺はベッドから上半身を起こして座ると、神様に悪態をつかない訳にはいかなかった。
「親父がついに魔王ヴァルダムを封印、じいちゃんと和解したんだ。」
「これからは元の名前、翔旭司玄隆斎に戻って一座を引き継ぐと発表したんだ。」
「まさにこれからだったんだ。」
「初披露マジックショーが開かれる東京、そこに向かう飛行機がどうして墜ちるんだ!」
「俺を狙い撃ちしたのか、神様!」
神様は答えてくれなかった。
いや、逆だな。
俺一人が助かったというべきか。
大学の試験が近いから、おまえはそのままアパートに残れ、とじいちゃんが止めてくれたんだ。
俺は福岡の某大学の医学部生だ。
飛行機事故の第一報が流れたとき、友人の藤沢哲也(TF)が、すぐに家に帰れと助言してくれた。
俺は今、実家の黒川家、じいちゃんの家にいる。
ここは高校時代に使っていた自分の部屋だ。
部屋は当時のままで、何も変わっていない。
いつでも帰ってこられるようにと、じいちゃんがそのままにしておいてくれたからだ。
スマホを見ると、着信以外にもメールが入っている。
そうか、親戚のおじさん達がここに集まるのか。
でも、返信する気になれなかった。
またスマホの着信音だ。
ああ、うるさい!
ここまでしつこいのはマスコミ関係者か?
じいちゃんは有名人だけど、孫は一般人だぞ!
黒川邸のまわりでカメラを構え、中を
そこで俺は気付いた。
何か静かだ。
人間がいっぱい集まった、喧騒というものが感じられない。
また着信音。
俺は舌打ちした。
しつこい、いったい誰だ!
スマホを取って見ると、TFの表示。
友人の藤沢哲也だ。
こいつの通称はてっちゃん。
ド定番なんだが、本人はそう呼ばれるのを嫌って、TFと呼べ、と強要する変な奴だ。
ミュージシャンのTKを意識してるんだろうか?
賛同する友人はいないと思うんだが。
でも性格は冷静沈着、頭脳明晰で頼りになる奴だ。
そんな奴が、何をしつこく ······ 。
俺は電話を取った。
「もしもし。」
「おい隆司、無事か! 生きてるか!」
「何を言ってんだ? 俺は普通に生きてるぞ。」
「おまえ、今どこにいる?」
「実家の黒川家に決まってるじゃないか。すぐに帰れ、と言ったのはおまえだぞ。」
「それ、本当なんだな? 本当に大牟田の黒川家にいるんだな?」
「ああ、本当だ。嘘をついてどうする。」
「 ······ ニュースを見てみろ。おまえの実家が突然消滅したと、大ニュースになってるぞ!」
「えっ、マジか! 俺は家の中にいるぞ。」
俺は部屋のテレビに駆け寄ると、スイッチを入れた。
「 ······ 繰り返します。昨日航空機事故で亡くなった翔旭司夢幻斎、本名黒川隆久氏の福岡県の自宅が、突然消滅したとの一報が入りました。現地の記者によりますと、突然変な色の稲妻のようなものが湧き上がってきて、黒川邸を覆ったと思ったら、突然家全体が消滅したとのことです。これが現在の様子です。」
「家全体が、庭を含めてきれいさっぱり無くなってますね。今はちょっとした林のように見えます。あの、翔旭司夢幻斎氏の自宅ですから、何かとんでもないマジックが仕掛けてあったのでしょうかね。」
俺はそこまで聞くと、スマホを握って外に飛び出した。
黒川家は地元の名家、旧家というやつで、敷地が広くて蔵がいくつもある、いわゆる豪邸という家だ。
じいちゃんは、ここ数年はマジックからほぼ引退、この家で家政婦さんと悠々自適な生活を送っていた。
いや、そう言ったら誤解されるな。
最初は庭で畑を作ってたけど、それに飽き足らずに、自分で山を切り開いて畑を作ってたし、畑に飽きたら自家用ボートで釣りに出かけたり、猟銃を持って山に狩りに行ったりしてたっけ。
じいちゃんは最後までパワフルだった。
俺は家の玄関、じゃなかった、正門に着くと、そっと扉を押し開けた。
そしてそのまま絶句した。
「ここは、どこだ!」
黒川家は大牟田でも田舎の方だったけど、周りには結構家が建ち並んでいたはずだ。
でも今の黒川家は小高い丘の上、そして周りは森と草原になっていた。
もちろんマスコミなど誰一人いない。
俺はスマホを取った。
「TF、ここはどこだ?」
「おい、どうした。何がどうなってる?」
「家がいつの間にか丘の上だ。そして周りが森と草原に変わってる。」
「どういうことだ? 家ごとテレポートでもしたか?」
「わからない。でもここは日本で間違いないと思う。スマホがつながってるし、テレビも映ったぞ。」
「隆司、そこから遠くを見てみろ。街が見えるか?」
「いや、小さな村しか見えない。それに、日本中どこでもありそうな田んぼが見あたらない。」
「そうだ、グーグルマップ、それで確認してみろ。」
「了解、ちょっと待って。」
マップは正常に起動、現在地を表示した。
「TF、マップでは黒川家は福岡県大牟田市、元の位置のままだと表示されてる。」
「一体どういうことだ? テレビで見る限り、黒川家は消滅してそこには存在していない。」
「 ······ TF、ここは異次元か何かなのか? このままここから出られない、なんて事にはならないよな! 家には食料はそれほどないぞ。」
「落ち着け、今一番必要なのは情報だ。情報がないと、手の打ち様がない。外を探索する必要があるな。わかった、俺も今から大牟田に向かう。なにかわかるかもしれない。西鉄でいけば、それほど時間はかからんしな。」
「ありがとう、TF。恩にきる。」
「隆司も外を探索してくれ。ただし、まずは屋敷が見える範囲だけだ。そこから遠くには行くな。そこで何か不審なものがないか探してくれ。現地人と会えたら最高なんだがな。もし会えたら可能な限りの情報を教えてくれ。」
「日本語が通じるだろうか? すごく不安なんだけど。」
「通じなくてもいい。可能な限りの情報を集めるんだ。何を着て、何を持ってるか、どんな様子で、どんな態度だったか、何でもいい。」
「わかった。」
「情報が集まったら、食料を調達する方法を考えよう。けど、くれぐれも無理をするな。最優先は隆司の安全だからな。何が起きるかわからん以上、万全の準備で動け。」
「ああ、ありがとう。」
「それと隆司、おまえが黒川邸の中にいるのを誰か知ってるか?」
「いや、直接電話してないから、おまえ以外は誰も知らない。外のマスコミ連中も知らないはずだ。」
「よく気付かれずに中に入れたな。」
「実は秘密の話なんだが、この家には夢幻斎の隠し通路があるんだ。将来、自宅からの大脱出、なんてネタを考えてたんだろうな。」
「なるほど。でもそれは好都合。隆司、おまえが黒川邸内にいるという情報は、第三者には流すな。」
「えっ、親戚のおじさんにも言っちゃ駄目なのか?」
「当面はな。福岡市の、自分のアパートにいるって言うんだ。もし本当の事を言ったら、どうなると思う?」
「俺をすごく心配する ······ 」
「そういう問題じゃない。おまえは消滅した黒川邸にいて、しかもスマホで連絡がつく。これにマスコミが殺到しないはずがない。おまえのスマホはパンクするぞ。」
「 ········ なるほど、確かに。」
「そのうち、隆司のスマホを日本政府が封鎖、救助活動を始める、と発表するだろう。でも、その方法がわからない。」
「確かに現状では捜索隊など不可能だ。」
「となると、お偉い学者先生が出てきて、難しい実験をしろ、とか現地の遠方を偵察しろ、とか無理を言ってくる可能性が高い。」
「 ········· 」
「俺は、そんな事より隆司を助けたい。謎の解明など2の次だ。」
「ありがとう、さすがTF。よくそんなに先まで読めるな。」
「これは冗談ではなく、命懸けなんだ。一つ間違えると、本当に死ぬぞ。気を引き締めてかかるぞ、お互いにな。」
「ああ、わかった。それでは外を探索してみる。TFはどうする?」
「まず最初に必要なのは、電気の確保だ。なぜこれが今もつながってるのか謎だが、これが切れたら詰みだ。わかるだろう、特にスマホの充電だ。」
「確かに間違いない。感謝する。」
「おそらくガス、水道もつながってると思うから、こちらもだ。それでは速やかに動こう。何かわかったら、すぐに連絡してくれ。」
本当にTFは頼りになる奴だ。俺一人だったら途方に暮れていた事だろう。
この異常事態に、おれの悲しみは吹き飛んだ。
今はそれどころじゃない。
これは、生き残った俺に対する罰か。
それとも絶望する俺への救済なのか。
いや、そんな事は後回しだ。
まずはとにかく生き残る事だ。
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