迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ

第1話 プロローグ

「何だここは…?」


 目覚めると、見知らぬ池のほとりに倒れていた。


 私は寝室のベッドに横たわっていたはずだが、なぜかエメラルドグリーンの水面が広がるこの場所にいた。


 周囲を見渡すと、美しい自然に囲まれ、静けさが支配していた。


「夢か…。」


 池に映る自分の姿を見つめながらつぶやいた。


 夢の中でも年老いた自分がそこにいる。せめて夢くらいは、若々しい姿でいたいものだ。


「おーい!誰かいないのか?」


 声を上げても、返事はない。


 仕方なく、森を抜けるべく歩き始めた。道なき道を進んでいたが、やがて開けた街道に出た。


 どちらに進むべきか。下りを選び、歩を進めると、目の前には大草原が広がっていた。


「わぁ…。」


 風に揺れる草原、色とりどりの花々、見たこともない小動物たち。現実ではありえない光景だ。


 しかし、どこにいるのか、どこへ向かうべきか。街を探し求めて歩き続ける。


 疲労を感じながらも、不安だけが私を前へと押し続ける。


(やはりおかしい…。本当にこれは夢なのか?早く起きなくては!)


 そう思ってはいるものの、なかなか夢から覚めることはできなかった。


 そんな時、道の先で砂埃が上がっているのを見つけた。


 馬車だ。


(今どき馬車?)


 私は首を傾げながら馬車が通過するのを待っていた。


 やがて、馬車は私の目の前を通り過ぎてすぐに停止した。御者の男が降りて私の方に歩いてきた。


 彼は銀色の鎧と兜に身を包んだ兵士のような格好をしている。目を合わせると、日本人ではないことがわかった。


(外国人?まさか!これって映画の撮影か何かかも?)


「ソ、ソーリー!ソーリー!すぐにどきますから。」


 私は映画撮影の邪魔をしてしまったと思い、男性に謝罪した。


「ソリ?アラザトゥー ゴウエリュー ザジランケ!」


 男は驚いたように叫んだ。


 言葉がわからず困惑する私。


 すると、兵士が大声を上げ、荷車から複数の兵士が現れ、私を取り囲んだ。


(何これ!!なんか恐い…。)


 兵士たちは怒鳴りながら襲いかかってきた。


 私は必死に逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまった。


《ドスン!!》


 突然、兵士からの一撃を受けて意識が遠のいた。


 頭蓋骨が割れるような痛みが頭を貫き、金属音が耳に響いた。


 やがて、力が抜けて冷たい地面に叩きつけられた。


《バタン…。》

 


◇ ◇ ◇


(やっと夢から解放された。)


 そう思い目を覚ますと、寝室の布団の中ではなく、薄暗い部屋の中だった。


 ここは…そう…牢屋だろう。


 石造りの壁や、天井、床、金属製の格子がある。わらの寝床と、トイレ風な場所があった。


 窓はなく、地上なのか地下なのかもわからない。


 私は目をこすって周囲を見回した。


 薄暗い牢屋だった。


 夢から覚めたはずなのに…。頭を振って自分に言い聞かせた。これは夢じゃない。これが現実だ。


(でもどうして?昨日までは普通に日本で暮らしていたはずだったのに…。)


 状況を整理しよう。


 ここは、ずっと夢中の世界だと思っていたのだが、リアルな疲労や痛みがあること。


 望んでいても一向に覚めない夢。


 聞いたことのない言葉。


 馬車や鎧などの異なる文明。


 これらのことから考えられることは、異なる世界に迷い込んでしまっているということ。


 そして、この世界では不審人物であろう私は捕まり、身柄を拘束されているといった所だろう。


 これから最も重要視するべきことは、身の安全だ。


 次に協力者の確保。


 そして、元の世界への帰還方法などの情報収集だろう。


 今の所、全てにおいて絶望的な状況にある。


 致命的なのは、この世界の言語を私が理解できないことだ。


 身の安全を守る為には、協力者が必要で、その為には、こちらの人間と意思の疎通が必要である。


 良くある異世界の物語では、自動翻訳のスキルみたいなものが働いて、勝手に話せようになるのだけれど、そんな都合よくはいかないようだ。


 こうなったらジェスチャーでもなんでもやるしかない。まずはここから出ることを優先しよう。

 


── 四日目 ──

 

 異世界に飛ばされてからどれくらいたっただろうか…。


 この牢獄のような部屋から出られる見込みは一向にない。


 食事の時間になると、無言の兵士たちがやってきて、パンと水を差し入れる。


 それ以外には、誰とも話すこともできない。このままでは、いつかは餓死するか、老衰するかだ。


 私は、自分の人生に思いを馳せた。


 唯一の家族である黒猫のミミのことや、日本での仕事や趣味などを考えた。


 もう二度と戻ることはできないのだろうか…。

 


── 七日目 ──

 

 今日は、異変が起きた。


 兵士二人と一緒に、白髪の老婆がやってきたのだ。


 私は、彼女の姿を見て一瞬息を呑んだ。これはチャンスなのか?それとも災難なのか?


 老婆は、高級そうなローブをまとい、杖を持っている。私を見つめる目つきは冷ややかだ。


 兵士たちは、普通の兵士とは違って、装備が豪華で派手だ。騎士階級の者だろうか。


 老婆は、私の部屋の前に立ち止まり、杖を掲げた。


「アシッドテネブ メタ ガラーハン!」


 老婆は呪文のような言葉を唱える。


「どうじゃ?これで言葉がわかるじゃろ?」


 老婆は私に問いかけた。


「えっ?わかります!あなたは日本語が話せるんですか?」


 私は驚きと希望で答えた。

 

「ニホンゴ?何のことじゃ?ワシは意思疎通の魔法を使っておるのじゃ。この魔法のおかげで、ワシとお主は言葉を理解できるのじゃ。」

 

「魔法?やはりここは異世界なんですね?」

 

「そうじゃ。お主にとっては異世界ということになるじゃろう。ワシにも質問がある。お主はどこの者で、どうしてこの世界に来たのじゃ?」

 

「私は日本という国から来ました。名前はサカモト・レイと申します。家で寝ていて、気がついたらこの世界の池のほとりに倒れていたのです。私にも状況が理解できません。」

 

「ふむ。それならば『迷い人』ということか。」

 

「え…?『迷い人』ですか?」

 

「うむ。この世界に強制的に連れてこられたわけではなく、偶然の積み重ねで別の世界に迷い込んでしまった者のことじゃ。」

 

「元の世界に帰る方法はありますか?」

 

「残念ながらワシにも分からん。この世界で生活しながら、帰還方法を探すしかないじゃろう。」

 

 やはりここは異世界…。


 そして帰還方法は分からない。この老婆の魔法が切れたら、会話もできなくなる…。

 

「あの、あなたは…?」

 

「ワシはミキモト・ミリモルじゃ。ローランネシア王国の宮廷魔法師であり、勇者ミキモト・タイゲンの末裔でもある。」

 

「ミキモト…タイゲン…?」

 

(なんか日本人っぽくね?)

 

「もしかして勇者ミキモトは…。」

 

「そうじゃ。先祖は異世界からやってきたと伝えられておる。今から約1500年前のことじゃ。」

 

「あの…ミリモルさんが私を訪ねてきた理由を教えてください。」


「ワシは先ほど言った通り、勇者ミキモトの末裔じゃ。代々の末裔は、先祖から受け継いだ伝承に従ってきた。伝承によれば、異世界から来た者は世界の救世主になる可能性もあれば、逆に世界を滅ぼす元凶にもなりうるという。」


「異世界から来た者が現れたら、その者を見極めて、善良な魂であれば助けの手を差し伸べ、邪悪な魂であれば力をつける前に討ち滅ぼせと言い伝えられておる。」


「つまり…。」


 私はゴクリと唾を飲み込む。


「お主を見極めに来たのじゃ。」


「えぇ~!」


(俺が邪悪な魂だと判断されたら殺される…!)


 ミリモルさんが現れたことで、私の状況は大きく変化しつつあるようだ。


 しかし、状況次第で私は命を奪われる危機に瀕していることを悟った。


 私は、知らない世界で無事に生きていけるのだろうか。


 速く大きく響き始めた鼓動が、私の不安を体現させていた…。

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