第五七話 修行の果てに①

 都市国家の元首であるバンリーベルという名のヴァンパイアと対面してから数日が経った。


 俺、セラ、マナには塔の中にある一室が割り当てられ、そこへ住まわせてもらっており、リーフはエルフ達が集う住宅地区に戻っている。また、ここに向かってくるさいに乗っていた飛空艇は工業地区内の工場建設予定地に置かせてもらった。


 至れり尽くせりだ。


 そして恩を返すために俺はバンリーベルに呼ばれて塔内にある訓練室にやってきた。


 訓練室は白いタイルが敷き詰められており、壁に剣、槍、斧など様々な武器が飾られていた。


「なんでこんなところに蝙蝠が……いやバンリーベルか」


 屋上を見上げると数多の蝙蝠が逆さ吊りで止まっていたが、蝙蝠の正体がバンリーベルと気付くのに時間はかからなかった。


 蝙蝠達がパタパタと目の前に飛び降りてくると人の形をかたどり、それがバンリーベルへと戻った。


「ふふん、よくぞ来てくれたわい」


 両手を腰に当てるバンリーベルは機嫌が良さそうだ。見た目は子供にしか見えないが、相変わらず老練な雰囲気を醸し出している。


 俺はバンリーベルと向き合いながら話を切り出す。


「稽古を付けてもらって強くなれるのなら願ったり叶ったりだ。だが先日言っていた俺の胆力を気に入ったという理由だけで一人の人間を鍛え上げるのは不自然だ。俺に強くなってほしい理由を教えてくれないか」


「まあいいだろう」


 バンリーベルは後ろで手を組んで俺の周りを歩き出しながら喋り始める。


「まずはこの国について説明しよう。この国の特徴は知ってのとおり我がもたらした高い技術力だ。工業地区で作られたものをこの都市内だけではなく他の都市や国に売っている。産業がなければ国は成り立たぬからな。それにくわえて農業地区は非常に肥えた土地だ。一国が大軍を率いて攻めてきても対抗できる兵を養える。まあ……養えるだけで住む土地はあまりないのだが」


 そう言ったあと、バンリーベルは白い狼へと変化する。ちなみに動物に変化するのは魔法ではなくヴァンパイア特有の能力らしい。


 白い狼はぐ~っと伸びをしてから口を開く。


「工業品に土地、これに目を付けない国などなかろう。この国はいずれ大国に攻められるだろう」


「そもそもここは本来他国の領土だしな。今まで攻められたことはなかったのか?」


 俺ももっともなことを聞く。


「攻められたことはない。それにこの都市ができたのはほんの三〇年前だ」


「それでも結構経ってると思うが」


 ヴァンパイアからすれば一瞬かもしれないが。


「魔法王国はこの都市に目を付けておるだろうが、東西のアラクネ共和国とカラウド共和国には秘密裏にこの国の工業品を輸出しておるからのう、手は出してこん」


「そういうことか、裏ではちゃっかり不可侵条約ができていたのか」


「とはいえ共和国の上層部しかこのことを知らぬし、二国が王国に従属している以上、王国の命で攻めてくることもある。そこで現れてくれたのがお主だ」


 白い狼を俺を顎で差す。


「俺という存在で王国含む三ヵ国に対抗できると思ったわけか、随分と評価されてるんだな、俺は」


「ふふ」


 鼻で笑う白い狼は一回り小さくなったかと思えば白い猫の姿に変化し、スタスタと俺に向かって歩いて来る。


 このヴァンパイアはじっとできないのだろうか?


「内に眠る信念とその魔眼を気に入ったのだ」


 信念と魔眼?


「詳しく説明してくれ」


 俺がそう言うと白い猫は肩に乗って耳元で喋る。


「平民や魔力がない人間が虐げられるという理不尽のない世界を作りたいというお主の信念だ。我もそうあればいいなと思ってる」


「そりゃ意外だ」


「ほう、なぜ?」


「だって……俺が目指す世界は馬鹿馬鹿しくなるぐらい夢物語だからな。俺の理想は理想でしかない、だが――」


 俺は一旦、黙ってから口を開く、


「――そういう世界が素敵で綺麗だと思ったんだ」


「そうそこが気に入ったわい。我はヴァンパイアでな多種族に混じって生活はできないからのう」


「今はできてるじゃないか」


「今はの……ただ外の世界だと静粛対象とする国は多い。この国を建てたのは元々、自分のためだ。他の種族と生きていけるようになればいいと思った」


「つまり俺の信念を気に入ったのはバンリーベル自身が外の世界で大手を振って生きたいからか」


 白い猫は俺の言葉を肯定するかのようにミャーオと鳴く。


「バンリーベルの本音を聞けて良かった。俺はお前もこの世界から救いたいと心から思えたからな」


 俺は白い猫の頭を撫でると、猫は慌てて飛び降りて人の形に戻る。


「こ、こら!」


 バンリーベルは頭を両手で押さえて叱ってきた。


 さすがに舐めた真似しすぎたか……いや、あれは照れ隠しか。


 バンリーベルの真意を探っていると、


「ちなみに魔眼を気に入ったのは単純明快な理由だ」


 俺を気に入ったというもう一つの理由を言おうとしていた。


「そうなのか」


「うむ、その魔眼は『因果律無効の魔眼』だろ。前の持ち主と交流があったからのう、よく知っておるわい」


「この魔眼の伝承って八〇〇年前の話だぞ。何年生きてるんだよ」


「想像に任せよう、あっ、検討がついても口にするなよ」


 バンリーベルは鼻に人差し指を立てる。


「で、前の持ち主とはどういう関係なんだ」


「親友でな、親友の同じ眼を持つ人間を快く迎え入れたいのが心情だろう」


「確かに単純明快な理由だ。それが事実なら納得もできる」


 にしてもバンリーベルって想像以上に人間臭いな。


 さっき頭を撫でたときの反応といい。


「こら、何を考えておるか!」


 俺の表情からよからぬことを考えていたのがバレたみたいだ。だが、そんなバンリーベルの反応にもついついクスッと笑ってしまった。 


「悪い」


「全く……では修行を始めるぞ」


 俺はその言葉に頷く。俺はここでもっともっと強くなりたい。より多くの人間を今の世界から救うために、そして強者と戦って力を試したいという欲を満たすために。

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