第一六話 因果律無効の魔眼③
「『因果律無効の魔眼』……だと⁉」
老人の空いた口を塞がらなかった。彼は表情を
「ま、まさか攻撃が無効化されるのか?」
『因果律無効の魔眼』という名称から魔眼の持つ能力を推察し、口にしていた。
「そうだ俺に手傷を負わせるはずの攻撃は無効となる。それも物理攻撃、魔法攻撃問わずな」
俺は魔眼の能力の一部を語る。
この魔眼は、攻撃によって致命傷を負うことが確定している未来そのもの無かったことにする。必中の魔法だろうと、強力無比な魔法だろうと、負傷する事実を無かったことにし、無傷にしてくれる。ある意味、因果律が反転する能力とも言える。
だが、万能の力ではない。相手の攻撃を意識したうえで無効化にする意思を持つ必要がある。攻撃を視界に入れる必要はないが、仮に死角からの攻撃に気付くことなく攻撃を受ければ、無効化できずに傷を負ってしまう。
「いきなり攻撃するのは酷くないか? やってることは王国の連中と変わらないな」
「っ! 我をあいつらと一緒にするな!」
俺の言葉が老人の琴線に触れたようだ。
「落ち着けって、いくら俺があんたの言うことに従わないからって、何も攻撃することはないだろ」
「お前を殺してその眼を手に入れる必要がある!」
「……なるほど、な」
単純に俺の魔眼の力を得るために眼を奪おうとしているに違いない。
この老人は亡霊だし、誰かに魔眼を移植させるつもりか?
だが魔眼って移植で力を得られるのか? こいつ自身も言ってたが俺らの魔眼は特殊で眼と脳がセットになって能力を発動できる。移植だけで発動できるとは限らないと思う。それとも脳を改造する術でもあるのか…………今考えることでもないか。
とにかく目の前の老人は俺は殺そうとしている。それだけが重要だ。
「オッケ、分かった。つまりあんたはやる気ってわけだ。ならもう容赦はしない」
右手にロングソードを持ったまま、左足を前に出し、半身で構えた。
「余裕でいられるのも今のうちだぞ小僧」
「別に余裕ではないが……」
俺は尻すぼみに言う。
見るからに老練そうな雰囲気を漂わせている相手だ。早いところ片付けないと魔眼の欠点を見破られそうだ。
俺は駆け出しながら、老人に迫る。
「ふはは! 我は亡霊だぞ! 勉強していると豪語したのに知らぬのか? 亡霊となったものには物理攻撃は効か――」
老人はその場から動かず、俺を
「ぬおっ⁉」
俺が体を捻って左から右へと、横一文字に相手の胴体を斬りつけると、老人の体は真っ二つに分かれた。
老人の上半身と下半身が空間の床に転がると、老人の背後にいた女性のゾンビ? は倒れる。
老人は亡霊なので出血することはなかったが、切断面からは体が砂のようになって、散布し続けていた。
「馬鹿な……」
驚愕の表情で俺を見る老人。
俺は剣を肩に担ぎ、
「『因果律無効の魔眼』は攻撃を無効化するだけの能力じゃない、戦闘における事象を無効化する。俺も全ての能力を把握しているわけではないが、攻撃が通じなかったり、避けられるはずの結果を無効にする。つまり攻撃が通るようになるってことだ」
今起きたことについて説明した。
「そんな力があったとは……ぐっ! 力が抜けていく」
老人の体は散布し続け、上半身は胸の辺り、下半身は膝の辺りまで消えていた。
もうこの世に留まる力はないように見えた。
「あんた、名前は?」
俺は老人に問いかける。
「何故……今……そんなことを?」
「経緯はどうあれ、あの瞬間に時の狭間に連れてこられなきゃ、死んでたかもしれないからな。せめて名前でも教えてくれ」
クノクーノとか言うやつに止めを刺されそうになったときのことを思い出す。
老人は無言のまま、こちらを見たあと、観念したように口を開く。
「アーバス・ゼルチ……」
「…………もしかしてパルチ・ゼルチ士爵の息子か」
記憶の中から老人の父親の名を挙げる。
「知っているのか…………⁉」
「とある本に粛清された貴族として、あんたの父親の名前が載っていた」
「一〇〇年前の出来事だぞ……ふっ、博識だな」
アーバスは鼻で笑いながら言う。
もうアーバスの体はほとんど残っていなかった。
「俺がこの世界を変えることができたら俺を生かした功労者として父親ともども名を後世に伝えてやろう」
「っ、慰めのつもりか…小僧の癖に! だが……我は亡霊の身のうえに敗れた哀れな男だ。いいだろう……あの世で見守ってやろう。せいぜい足掻くんだな」
そう言ってアーバスは消え、周囲の景色が歪み崩壊していく。
やっと、元の場所に戻るのか。
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