第11話 オーガとは違うのだよ鬼は

 オニは古来から存在する日本の妖だ。

 凶悪な容貌。二本の角。口からはみ出した鋭い牙。女も稀にいるが多くは屈強な男の姿を取る。


 筋骨たくましく赤熱しているかの如く深紅に染まった肉体は、人間とは比較にならない膂力りりょくを持ち、身長の倍はあろうかという金棒を軽々と振り回す。


 好戦的で残忍。戦いと酒を何よりも好むバトルジャンキーであり、その性格とも合わさり憤怒ふんぬの化身とも言われる。


 比較的人間に近い奴らは高度な知能を有する。


 基本的にフィジカルを頼りに戦うスタイルだが、軍略にも通じており群れを形成する。そのため平安の世には、徒党を組みたびたび人里を脅かしていたという――。


 ☆★☆彡


 巨大ダンジョン『阿頼耶識あらやしき』第10層

 詠歌と乙の前にはそんな鬼に似て非なる存在。ダンジョン魔物の一匹『オーガ』がいた。


 オーガとはダンジョン魔物の中では中ぐらいの強さの魔物だ。第5層からちらほらと出現し始め15層までまばらに分布する。


 身体が大きく力が強いのは鬼と共通するが、知能は人間の幼子にも劣る。本能のままに棍棒を振りまわし攻撃は単調で、基本的に単独で動く。


 連携を知らないのだ。だから弱い。そのくせ画面映えがするため、よく配信者の腕試しに使われる。いわゆるちょっとだけ強いザコである。


『ダンジョンの奥のほうにはまだ生き残りは居るがなァ、鬼どもの多くはオーガに堕とされた。こいつらは致命的に頭が悪ぃ。元々は誇り高い妖だったんだがな、残念な事だァ』


 乙の言う通り、オーガの目は落ちくぼみ、視線はうつろだった。ぼそぼそと何かをつぶやきながらうろうろと歩き回っている。その姿はオーガというよりも亡者のようだ。


『陰陽寮は多くの妖から本来の姿を奪った。今新たに生まれてくる鬼はすべからくオーガとして生まれるんだァ』


 こいつを見てどう思う詠歌ァと、乙が問う。


「すごく、気持ち悪い」


『げははは、確かに辛気臭い面ァしてやがるがな。そう言ってやるな! こいつらも好き好んでこんな間抜けずらしてるわけじゃねェ』


「違うよぉ、陰陽寮のやったことがだよぉ……」


 オーガは詠歌に気づかない。詠歌が認識をずらしているためであるが、元々の鬼は敵の気配に敏感な妖である。鬼であれば、こんな簡単な術はすぐに見破られるはずだった。つまりそれだけオーガと化した鬼は弱体化している。


「破軍巫女をしていた時にすごく強い鬼と戦ったことあるよ。あの子はほんっとに強かった。同族がこんな風になってると知ったら悲しむよ」


 詠歌十二歳の秋。鬼の軍団と一大決戦があった。


 鬼の頭目は五代目ごだいめ酒呑童子しゅてんどうじを名乗っていた。陰陽寮のおばばが言うには、黄泉がえりを続けている有名な鬼だという。


 彼女は鬼であるにもかかわらず、少女の姿をしていた。だが外見に騙される事なかれ、その怪力無双ぶりには詠歌も引きつった笑いしか出なかったものだ。なにせビルを引っこ抜きそのままぶん回したのだから。


 鬼は強かった。酒呑童子との闘いは、三日三晩に及んだ。

 だが、ついには詠歌が酒呑を討ち、鬼の大軍団との闘いは幕を閉じたのだ。


 鬼とはそういう誇り高い戦士の妖である。

 それがこのような愚鈍ぐどんな魔物におとしめられている。詠歌は何とも言えない苛立ちを感じた。


「もとに戻してあげたいな」


『ほかのダンジョン魔物もそうだがなァ。こいつらには特別な『しゅ』がかけられてるのよ。今まで『呪』にお前の強烈な霊力が注がれ続けてたから手が出せなかった。だが知っての通り今、ダンジョンへの供給は途絶えてる』


「なんとかできるってこと?」


『ああ』


「じゃあ、やっちゃおう」


『まぁまてまて、呪は鬼ども全体にかかってるから、こいつの『呪』を解除してもすぐにオーガに戻っちまうぞ。呪の根源を叩かねェと』


「関係ないよぉ」


 乙の静止を聞かず、詠歌は隠形おんぎょうの術を解いた。隠形の術とは、相手の精神に作用し、認識を歪め見えなくする術である。


 それを解いたのだから、オーガからはいきなり目の前に詠歌が出現したように見えた。


「グオオオオ!?」


 愚鈍なオーガと言えど魔物は魔物だ。すぐに戦闘態勢に移る。


 雄叫びを上げる。棍棒を振り上げる。そしてそれを振り下ろす――。


「ちょっと静かにしてて」


 振り下ろされなかった。その前に詠歌のこぶしがオーガの鳩尾に叩きこまれたのだ。


 ぐぎゅらぁ!? などという声を上げ、倒れ伏すオーガ。そのままピクリとも動かなくなる。一撃KOだ。昏倒したオーガのそばに詠歌はしゃがみ込む。


「私は破軍巫女。妖と退魔陰陽術の専門家だよ。『呪』がかかってるんだよね。こういうのって解除するのは面倒なんだけど、手っ取り早い方法があるの。さらに強力な『呪』で上書きしちゃえばいいんだよ。みてて」


 深呼吸をした詠歌は精神統一する。そして手を打ち鳴らし、何事かをつぶやき始める。それは呪詛じゅそである。詠歌の口から、おどろおどろしい言霊がオーガに流れ込みはじめる。


先規盤石せんきばんじゃく悠久普遍ゆうきゅうふへんことわり、気は天より降りて地に溜まる。地に溜まりた気は形をなしかいとなす。怪すなわち世界の末子なり。変われ変われ、く変われ。万物流転の理をもって――」


 詠歌のイメージするのは最強の鬼である酒呑童子である。その姿に近づける。もう少しこうだったら強いのに。こうだったら手こずるのにという空想を具現化する。


「ねぇ、あなたは鬼だよ。強くて怖い、鬼だよ。こんな馬鹿で愚かな生き物じゃないでしょ? 取り戻そうよ。鬼の誇りを、恐れられた悪鬼の本能を――」


 詠歌の呪詛がオーガをすっぽりと包む。


「生まれ変わろう。あなたは新世代の鬼。名付けるならばそう――、黒鉄悪鬼こくてつあっき


 そして呪詛が晴れる。


「オオオオオ、ルオオオオオオォォォォォオオオオ!!」


 オーガであった頃とはくらべものにならない声量の咆哮を上げた。


 身体は鋼を通りこし、絶対不壊の黒金剛石のごとき輝きを放っている。手に持つは大太刀おおだち。身体から直接生えた大鎧がその身を覆う。


 眼光は鋭く剣呑な赤い光をはなつ、その威容は異形の武者である。吐く息は瘴気を纏い、存在感だけで並みの者ならば身動き一つ取れなくなるほどだ。


 そこに現れたのは、漆黒の巨大な装甲を纏った大鬼であった。


「ん―――、酒吞ちゃんほどじゃないけど、こんなものだね! これでいいんでしょ乙?」


『お、おお……、まぁ、そうだなァ』


 答えながらも乙は内心驚いていた。

 こいつマジか。今妖を改造しやがったぞ。破軍巫女ってのはァ、こんな事もできるのかよ、と。


「今からこの子と一緒にオーガの居る場所を回るよ」


『な、何をする気だァ……?』


「何って、オーガを開放するんでしょ? 今鬼に戻ったのはこの子だけだよ。他の鬼たちも開放しなきゃ」


『オーガども全員改造する気かよォ? 一匹一匹ぶったおしてか?』


「そんな事しなくてもいいんだよ。だって――」


 ――呪いは感染するんだよ? 


 と詠歌はニシシと笑い、黒鉄悪鬼の背に飛び乗った。

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