第10話 リリカナ配信@新居

「――そんなわけでね。近所の人に幽霊だーっ! とか言われたの。おっかしー! 幽霊なんていないよ。怨霊はいるけど。それにちゃんと足生えてるよっ!」


 けらけらと笑う。かなりのハイテンションだ。

 そんなだから視聴者リスナーに機嫌よすぎてキモいwwと弄られる。


「うっ……、怒らないよ。私今ご機嫌だからねっ!」


 座るデスクには真新しいPCとモニタが3枚。板張りの自室は前のものよりも広い。詠歌はそこで久しぶりのリリカナ配信を行っていた。


「新しい家が快適なんだ。周りがちょっと迷路みたいになってるから迷子になっちゃうけど!」


“で、今日は引っ越し祝いの配信と”

“ひきこもりなのに外出れたんだ。えらいじゃん”

“しばらく失踪してた理由それか”

“家の外を散歩しただけでこのはしゃぎぷり。子供かよww”

“ずいぶん急だったんだな。引っ越し”


「いやー。色々あったんだよね」


 くわしく説明はしない。

 どうせ信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしても自分で吹き飛ばしましたなんて言えば、馬鹿にされるだけである。


“家賃払えなくて、追い出されたに一票”

“滞納は草”

“リリカナ様ならやりかねない”

“新しい家(段ボールハウス)”


「言ってないのに馬鹿にされたぁ!? ……でもいいよ。今日は機嫌いいから飲み込んであげる。それよりも無事外に出れたリリカナ様が今からすごい発表するよっ! 今日はこれを言いたいからみんなに集まってもらったの!」


“嫌な予感しかしないな”

“もったいぶらずに早くいえ”

“どうせ反応に困る”


 リリカナがこういう言い方をするときは、だいたいチンプンカンプンなことを言う。それを知っている古株の視聴者たちはイジってやろうと待ち構えた。


「――私、なんとこの度、ダンジョンに住みはじめました! 私の新居、実はダンジョンの中にあるんだよ! これでダンジョン配信もし放題だね!」


“はぁ”

“何を言うかと思ったら、また突拍子もない……”

阿頼耶識あらやしきの中って事?”

“住めるん。あそこ?”

“無理だな。魔物に襲われるわ。安全なとこねーよ”

“じゃあ嘘じゃん”

“引きこもりでダンジョンいけないからって、ダンジョンに引っ越しました! は草なんよ”

“ダンジョンひきこもりVtuberは斬新すぎだけどな”

“なんだ嘘か”


 嘘と決めつけられて、詠歌の顔が赤くなる。


「にゃあああ!! ほんとなのにぃ! 私ダンジョンの中に家を建てたの。なんで信じないのぉ!?」


“『にゃああ』じゃないわwww”

“はいはい。信じる信じる。で? 本当はどこだ? 橋の下か? いってみ?”

“まぁダンジョンは嘘だとしても引っ越したのはめでたいんだし、抑えめに抑えめに”

“引っ越しって大変だしな。頑張ったなリリカナ様”


「う、うにゃあああ……。褒めてくれるけど、期待していたのは、そこじゃないぃぃい。本当にダンジョンに家建てたのぉ……」


 ――詠歌の言う事は嘘ではない。


『阿頼耶識』ダンジョンの魔の29層。魔物がうごめく危険地帯のその奥に詠歌の隠れ家がある。


 入り口は簡素である。だが中に入れば開放的な5LDKが広がる。

 冷暖房完備でネット環境もばっちり。裏手には天然の地底湖も広がっていて景色も良い。


 魔物の襲撃問題も詠歌であればなんの問題もない。結界と式神がすべて追い返してくれる。さらには頼りになる同居人もいた。寄生型妖の乙である。


(うう乙ぅ……、誰も信じてくれないよぉ)


『泣いてんじゃねェよアホウ。別にいいじゃねえか。お前がダンジョンに住んでるのは事実なんだしよォ』


(ううう、そうだけど、ちょっと自慢したかったんだよぉ……)


『お前一応お尋ね者だってこと忘れてねェだろうなァ……配信は陰陽師どもも見てるかもしれん。あんまり言いすぎんなよ』


(そ、そうだよね。わかった)


 脳内でひそひそ話。

 一心同体の乙はこういう時に便利である。


「気を取り直して――。本当か嘘かはもういいとして、ダンジョンの近くに引っ越したんだよ。だから私もダンジョン配信をしていくつもり。その時は応援してね」


“いつになるかね”

“それならダンジョンにも行けるかな。近いんだし”

“リリカナ様、俺の知る限り3年引きこもりだったしな”

“まぁ了解”


「そういえばなんだけどね。今ダンジョンで人気の探索者さんって誰? できれば強い人がいいんだけど……」


“リリカナ様、護衛でも雇うつもりか?”

“まぁそれもありと言えばあり”

“配信勢の中にはバトルチーム雇ってるチャンネルもあるしな”

“売名目的のコラボは断られるぞ”


「そういうんじゃないから!」


 と言いつつも詠歌の視聴者は大部分がダンジョン配信のファンだ。思い思いに自分お推し探索者の名があげられる。


“俺が好きなのは『ダンジョン探偵』堂間どうま誠太郎だな。元公安捜査官の兄ちゃんがやってる所だ。こいつは強い”


“民間軍事会社の『エクスカリバー』も大手だぜ。あそこの御令嬢と傭兵どもは装備と練度が違うよ”


「ふむふむ。強そうだね」


“どっちも未踏破層アタック常連のパーティだ。堂間とエクスカリバーの御令嬢はS級探索者のライセンス持ってる。そいつらは組織的に探索してるやつら”


「刑事さんとか傭兵さんとか怖そうだよね。ちょっとやだなぁ」


“ガチのバトル系だからな。俺は個人でやってる配信者の方が好きだけど”

“配信主体でって言ったらあの子だな”

“個人勢で唯一のS級ランカー”


“『魔物女王』にしきいろはちゃんだな”

“それそれ、その子よ。いろはちゃんいいよな。ダンジョン版むつごろうさん”


“魔物相手に「よーしよしよしいい子だよ」ってやるんだろ? そんでドラゴンでもなんでもテイムする”

“あの子魔物オタなんよ。最近噂の新種モンスに興味深々だってさ。今日も配信してるはずだ”


「へー、そんな人いるんだ? 女の子なの?」


“ダンジョンに興味あるのに知らんのかい”

“ネームド中のネームドやぞ”

“世間知らずが過ぎる。それともそういう突っ込み待ちなのか?”

“これはあざといとは言わん。むしろイラっとする”


「ひ、ひど!? ほんとに知らないだけじゃん!」


“ダンジョンに興味あったらまずはプレイヤーから調べるだろjk”

“知識の偏りがひどい”

“しょせんダンジョンエアプ勢か”


 いつもの暴言に辟易へきえきしながらも詠歌はさらさらメモを取る。


「『魔物女王』錦いろはちゃん、か。あ、女子高生なんだ。私と変わんない年齢としなんだね。獣医師を目指すテイマー系探索者。すごいなぁ。頭良いんだ。バトルスタイルは使役で、魔物を複数を従える……と」


 彼女のチャンネルを確認するとオンエアー状態である。今この阿頼耶識に来ているらしい。


「いつか会えるかなぁ」


 と、画面を眺める。そこには魔物をぞろぞろと引き連れた女の子が映っている。


『おい詠歌。そろそろ時間だァ。用意しろよ』


「もうそんな時間? 今日からやるんだよね」


『そうだ。拠点もできたことだァ。次の段階へ進む。せいぜい働けやァ』


「うん。任せといて」


“お? リリカナ様なにか言ってる?”

“おーい、聞き取れないぞー”

“さては親フラか? まさか男じゃないだろうな……”

“流石のリリカナ様でも、配信中の家に男連れ込まんだろ”

“もしそうだったらコミュに抜けるわ”

“リリカナ相手にガチ恋は草しか生えんがwww”

“最近のリリカナ様良い感じだからそういうやつもいるだろ”

“ってことで、どうなのリリカナ様”


「もう、馬鹿なこといってぇ……。ただの独り言だよ♡」


 本当は連れ込むどころか一心同体なのだが。


「あ、ごめんねみんな。用事が出来たから今日はここまで。また明日ね!」


 まだ何か言いたげな視聴者を残して詠歌は配信を終了した。

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