第7話 破軍巫女の復活
乙は詠歌がどうしたいかをちゃんと言えば、それなりに希望を汲んでくれたし、トイレや風呂など、詠歌が見られたくないと思った時は休眠してくれた。
詠歌の日常はこうだ。
朝起きて、乙の指導でご飯を作る。家の中から出られないからと買ったエアロバイクを漕いだり、動画を見てトレーニングをする。その合間に、掃除と洗濯をこなす。
しばらくは配信も休んでいたが、少しずつ再開した。
相変わらず人気は無いが視聴者と話したり煽りあったり、時には乙のいう通りに話してちょっとした人気を博したりもした。
そんな風にして、乙との生活が続く。
「ねぇ乙。なんで私にとりついたの?」
『テメェが破軍巫女だからだ。必要な事だった』
「でも私、力ないけど」
『力の有無じゃねェ。破軍巫女であることが重要だ』
乙は詠歌に嘘をつかないという約束をした。
だからだろう。乙は詠歌の質問に言葉を選びながらであるが答えてくれた。
「それどういうことなの」
『教えねぇ。すぐに分かる。時がくればなァ』
「えー、それ今教えなさいって言ったら?」
『言いたくねぇから黙るぜ。嘘をつかねェっていう約束をしただけで、テメェの言いなりになったわけじゃねェからなァ……』
「生意気……。私のリスナーの癖に……」
『げははは! 登録者数2桁のゴミが何言ってやがる!』
「ま、またそのうち増やす予定だからッ!」
気が付けばあっという間に日々はすぎ、乙が住み着いてから半年が経過していた。
その間、陰陽寮への定期報告をする機会が何回かあったが、詠歌は乙のことは伝えなかった。そして乙もその事に関して、何も言う事は無かったのだ。
☆★☆彡
「あれ、誰だこれ……」
ある日、鏡を見て驚いた。自分の外見が変わってきていたからだ。
詠歌はあまり鏡を見なかった。外に出なければ誰にも合わないし整える必要もない。だが乙が来てからは朝に最低限、覗くようになっていた。
変化に気づいたのもそれが原因だ。
寝巻に包まれた胸が大きくなっている。だが、腰回りは変わらずだ。太ったわけではない。そして、背は伸びていた。
変化したのは体つきだけではない。顔色も良く表情も生き生きとしている。
「んんん?? 私ってこんなだったっけ??」
元の詠歌は痩せすぎで、胸も控えめに言ってお粗末だった。手足はひょろっとしていて鶏ガラみたいだと思っていたし、眼だけ大きくギョロギョロしているのが嫌で、可愛くないと思っていた。
なのに今は違う。スタイルは良いし、手足はすらりと伸びていた。くすんでいた髪もサラサラと流れ、眼も生気に満ちている。鏡を見て誰だこの美少女!? と自分で驚いたほどだ。
「ねぇ、乙! 私なんか変なのよ! ちょっと見て!」
『ああ? それが本来のテメェだろ』
これが私? いや、すごい良い感じなんだけど……? ほんとにほんとに??? だったら、めちゃくちゃ嬉しいけど!? と詠歌は何度も鏡を見直した。
『
「えー、それどういうこと? 精気って何」
『破軍巫女の癖に、精気循環も知らねぇのかテメェは……』
めんどくさそうにしつつも乙は説明をしてくれた。
それによると、詠歌のような霊能力者の身体には、身体を巡る
『これはテメェらが霊力と呼んでるものと同じ力だァ。ただ名前が違うだけだ。でだな。お前は破軍巫女としてチビのころから力を酷使しすぎた。ババアどもは未成熟なガキのお前をお構いなしで使い倒しやがったんだろうよ。だからぶっ壊れた』
そんな詠歌の流れを正すには、大量の
『最初にお前に食わせた俺の種が入った
言われてみれば確かに力がみなぎっていた。『破軍巫女』と呼ばれた時代に失った霊力を感じていた。
「あの、乙。ちょっーとだけ、力使ってみてもいい?」
『好きにしやがれよォ』
詠歌はおっかなびっくりで床に指をさした。
三指をくゆらせ、描くは三式神の壱。直轄型式神召喚の術式だ。
「こ、この場に来たれ。武の剣神。
式を打つと床に光が広がる。そこから出てきたのは青い狼。剣を背負いし獣。
「――ね、ねぇ乙! 式神出た! 出たよ!? 力を失ってからずっと出せなかったのに!」
『そりゃ出るだろうが。『破軍巫女』の力が戻ったんならよォ……』
「そうか。そうだよね。力が戻ったんなら。そうだよね」
『驚いてんじゃねぇ。元々お前の持ちもんだろうが』
「うん……、うん。でも、でもね」
すぐには理解が追い付かなかった。しばらく呆然として、そして自分でも気づかぬまま泣いていた。もう戻ることはないと思っていた力。会えないと思っていた式神。それが戻って来たと理解して、思わず涙があふれたのだ。
「どうしよう。諦めてたのに、どうしよう……」
止まらない涙にオロオロしていると『破軍巫女の力を復活させるために来た』と言ったはずだがなァ? と乙が言った。
「い、言ってないよォ」
詠歌が反論すると、乙は『あァ? 言葉では言ってないか……? 最初の手紙に書いただけだったなァ……』ととぼけた。
『げははッ! 良かったじゃねぇか。これでもう怖いもんはねェなァ』
「お、乙ぅ……。あり、がとぉ、私、うれしいぃ」
感極まってびぃびぃ泣き出す詠歌に乙は、
『いいか詠歌ァ破軍巫女は復活した。――という事は分かってるよなァ? 俺とお前はここまでだ。俺は出ていく。だが、自分ではできねェ。方法は一つだ。俺を滅しろ。それでお前は自由の身だァ』
――それは突然の提案だった。
「え、何。いきなり……」
『俺を解放しろ。滅するんだよォ。今のお前ならできんだろォが。適当に内側に向けて霊力ぶっぱすりゃあ力技でイケるだろうよォ』
「なんで? 乙を殺すなんてしないよ……」
はああああ? と乙は心底嫌そうな声を詠歌の頭の中に響かせた。
『俺様、寄生型妖魔なのよ? そんでテメェの敵なわけよ。今まではテメェが無力だったからどうにもならなかったが『破軍巫女』の力があれば、滅するのは簡単だろうが』
「そ、そういう問題じゃないから!」
『あァ? じゃどういう問題だァ?』
早くやりやがれ。と乙はせかす。だが詠歌は従わない。
「やだ。殺すなんて無理……」
『――なんでだァテメェ、俺が身体の中にいて困ってただろうがァ』
「私の力を取り戻すのが乙の目的なんでしょ? だったらそれでいいよ。殺す必要ある? 半年も一緒にいたんだよッ!?」
乙は甲斐甲斐しく詠歌の面倒を見てくれた。確かに口調や態度は悪かったかもしれないが、害意は無いことは詠歌にもすぐに分かった。
「力が戻ったのも、乙のおかげなのに殺すなんてできないよ!」
詠歌の中では、乙はもう憎めない存在になっていたのだ。
『――あのな詠歌ァ。俺には俺の目的があるんだよォ。それは、テメェがこの俺を消して初めて達成される。ただでテメェの力戻したわけじゃねぇのは分かるよなァ? ぐだぐだ言わずに早くやれよォ。それともあれか。殺すってのに引っ掛かるか』
俺の本体は別の場所にある。だから今話してる俺が消えても別に構わねェんだ。早く殺せ――と乙は言った。だが。
「嫌だ……」
『ハァ?』
「乙の事情は分からないけど、乙が居なくなるのが嫌!」
それは、詠歌のわがままだった。
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