第41話

「ミラ!」


 イ、まで言わずに固まった。扉の向こうに大好きな人がいると思って開けたら知らないおじいさんとおにいさんが現れたらこうなっちゃうよ。左腕でさっき見た白いドラゴンの、ぬいぐるみのようなものを抱えていた。見た感じ、売っているものじゃなさそう。自分で作ったのかな。


「あなたたち、先生せんせぇの言ってた『ミライを倒しに来る人たち』でしょ!?」


 ブロンドのショートボブに銀色のティアラをつけて、紫色のお姫様みたいなドレスを着て、あとずさりしていく。先生ってのが誰だかわからないけど、おれとじいちゃんの到着を前もって知っていて、ミライはこの部屋にこの子を隠しておいたのか。


「そうじゃよ」


 じいちゃんはなるべく怖がらせないようにか、ミライを詰めていたさっきの口調とはまた違う、すんごい穏やかな口調で話しかけている。


 城の中は全体的に手入れされていない屋内の陰気さがあったけど、この部屋だけは違う。壁紙が張り替えられていて、綺麗な花が飾ってある。照明も装飾も輝いていて、ここだけ別の建物の中みたいだ。居住スペースらしく、クローゼットや天蓋付きのベッドも見えた。扉を開けたらトイレとか風呂とかもありそう。


「ミライは強くてかっこいいドラゴンなんだから! あなたたちなんか返り討ちにしちゃうんだから!」


 入ってくる部屋を間違えられていると勘違いしている、んだと思う。到着する時間までは知らないよな。監視カメラで確認しているわけでもなさそうだし。テレスの城のように門番がいるわけでもなかったし。


「君が、キサキちゃん?」


 おれもじいちゃんにならって、中腰になって目線を合わせた。背丈はミライと同じぐらい。靴のぶんでキサキちゃんのほうが背は高そう。


 メーデイアの『お人形遊び』という言葉を思い出す。キサキちゃんは可愛いけども、に思えてしまうのは、先入観のせいかな。バイアスがかかっているっていうか。お人形さんみたいに可愛い、は褒め言葉ではある。でも、なんだか、作り物としての可愛さというか……非の打ち所がなさすぎて、逆に恐ろしいぐらいに可愛いといいますか。


 おれの僻みだったり偏見だったりリア充への妬みだったりが入っている意見だから言わずにグッと飲み込んでおくぜ。


「そうよ。わたしが竜帝のお妃!」


 ドヤ、と手を腰に当てて胸を張っている。む、ね……?


「何よ。まで貧乳って言いたいの?」


 女の子に対して失礼なことを。じいちゃんが非難の目を向けてくる。つい見ちゃったんだよ。悪かったぜ。


「言ってないぜ」

「ふーんだ! ミライにボコボコにされちゃえばいいのよ!」


 とのことだけど、ミライはどうよ。おれとじいちゃんの後ろに隠れていたミライの背中をそっと押して前に出させる。


「……キサキ」


 服はじいちゃんが収納魔法で格納していた貫頭衣(最初にパイモンさんが買ってくれたあの服)を着せている。じいちゃんが治癒魔法を使ったとはいえ、じいちゃんは専門のヒーラーではないから、血は止まったけどもキズが塞がっていない。そんな状態をキサキちゃんに見せるのは酷だと思って着せた。


「ちょっと、その服どうしたの!?」


 おれとじいちゃんが玉座にたどり着いた時、ミライは軍服のようなものを着ていた。料理対決でライトさんが着ていた服とデザインが似ている。これが王族の正装なんだろう。それが今は初期装備の麻の服みたいな、ただの布を着ているから、キサキちゃんもびっくりするよな。


 ぬいぐるみは絨毯の上に座らせて、おれを押しのけ、ミライに駆け寄ってきた。


「熱ある! 顔色も悪い……!」


 白い手袋を外して、ミライの頬を両手で挟んで「ねぇ、ミライ、何があったの?」と今にも泣き出しそうな顔をしている。


「言わなきゃいけないことが、たくさん、あるんだ。今まで黙っていたこと、やらなきゃいけないこと、全部、話すから」


 ミライだっておれとじいちゃんみたいに(おれとじいちゃんの仲ならじいちゃんが本当はドラゴンだってことを教えてくれたってよかったじゃんか。おれが周りに話しちゃうと困るからっていうのはわかった。わかったけど、納得はしてないぜ)キサキちゃんに言いたくても言えなかったことが、きっとあるんだろう。


「これからもずっと、オレのそばにいて」


 そう言って、ミライはキサキちゃんにキスをした。


 おれとじいちゃんが見ている前でいちゃつきやがってこの野郎、っていう気持ちはなくはないけども、ミライとキサキちゃんの物語の一つの区切りとしては、これでいい。


「――ミライはほんっと、泣き虫さんなんだから! しょうがないなー!」

「うるせぇ……」


 唇を離したら、キサキちゃんよりも先にミライが泣き出しちゃった。

 何この中学生カップル。微笑ましいかよ。


「さみしがりやだってのも知ってるんだからねっ。もっと素直に甘えてくれたらいいのにー」

「さっきのは撤回する! どっか行っちまえよ! このチビ! まな板!」

「チビじゃないよー! ミライのほうがちっちゃいでしょー!」

「うるせぇ! ちっちゃくねぇよ!」


 いまのおれ、親戚の子どもたちを見ている心境。


 まあ、まとめると。


 ばあちゃんを見つけて、ミライを殴る。

 この二つのクエストが無事に終わったってことだぜ。そういうこと!


 今度はおれの嫁探しだなっ!

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