第21話


「まあまあ! しけたつらしてないで、サナエの『特製おでん』を食べておくんなまし!」


 誰のせいだと思っとるんじゃい。


 ライトさんとバエル様は客人であるからか、いの一番に藍色の修道服のシスターがお盆に乗せて運んでいく。


 ちらっとこっちを見てきた。目線が合って、さっとはずされる。右に眼帯をしているもんだからついつい見ちゃったんだけど、あんまりジロジロ見るのもよくないよな。


「はい、アナタも」


 ウワサの『サナエ』さんが、おれとじいちゃんのぶんの『特製おでん』を木製の皿で持ってきて、おれたちの前に置く。みんなのぶんは、配膳担当のシスターがよそってくれるみたい。みんながまだかまだかと列を作って待っていた。学校の給食を思い出す光景じゃん。


「う、うむ」


 じいちゃんがぎこちなくうなずいて、受け取った。


 おでんタネのラインナップが、おれとじいちゃんとで違う。おれの皿にはおれが好きなおでんタネのナンバーファイブ――ダイコン、糸こんにゃく、はんぺん、ちくわぶ、さつまあげ ――がバランスよく並べられていて、じいちゃんの皿にはじいちゃんの好きながんもどきみたいなものとか厚揚げに見えるものとかが入っていた。


「がんもどきって、がんっていう鳥の肉を模した食べ物なのよね。言うなれば、で料理を作ってる」

「ばあちゃん……」

「クライデ大陸の食文化は、それはそれはひどいもので。ねえ、ライトさん」


 急に話を振られた灯さんだけど、水を一口飲んでから「ええ、まあ、そうね」と対応してくれた。まだみんなのぶんが準備できていないってのに、食べ始めていたっぽい。お手つきはよくないぜ。こういう場なら、揃ってからいただきますだろ。


「狩ったケモノの肉を焼いただけとか、捕まえた魚をお湯で煮込んだだけとか。そういったものをお城での食事の時に『ごちそう』として出された時には、わたくしもびっくり仰天だったわよ。着ている服は豪華なのに、食べ物は原始人みたいで」


 想像してみた。すんごい内装が凝っていて、シャンデリアなんて吊り下げられちゃってて、床には真っ赤なカーペットが敷かれて、立派なテーブルに、背の高いイスが並べられているってのに、飯は簡単に調理しただけのもの。……うーん、確かに、びっくりしちゃうかもだ。


「わたくしは、クライデ大陸には『調味料』が足りないと思いましたの。調理法はその次。基本がないと何をしようとしてもダメよ。おさとう、お塩、お酢、おしょうゆ、おみそ」


 料理の『さしすせそ』ってやつだ。

 家庭科で習った。


 おれが一人暮らししてる時は、じいちゃん家ではやく暮らしたかったぶん、めっちゃ働いて寝に帰るだけだったから、自炊している時間なんてなくて、気にしてなかった。けども、じいちゃん家でじいちゃんと暮らすようになった一年前からは料理本読んで、台所に立つようになったんだよな。


 外で食べたり、スーパーで出来合いのお惣菜を買ってきたりより、自分で作ったもののほうが自分の好みで作れるから美味しい気がする。……ばあちゃんには負けるけどね。


 あと、台所にカメラを設置して『料理配信』するとわりとウケるんだよ。それだけを見にくるリスナーがいるぐらい。


「タローちゃんの力を借りて、クライデ大陸の各地に生えている植物からに近いものを探したり、海辺の村に塩田を作ってみたり」

「すげー……」


 なんもないところから、新しいものを作り出す。灯さん、結構ハードモードな異世界転移してない?


「ま、まあ、わたくしは専門家じゃありませんし? 全部『料理マンガ』の知識なんだけどねっ」

「それでもすごいですよ。スマホですぐ調べられるわけでもないじゃないですか。電波入らないし。おれ、見直しました」


 その辺の功績が認められての第一夫人、ってことなら納得だぜ。フライングつまみ食いを許そう。


「灯さんがクライデ大陸こっちに来たのが三十年前よね。他に誰も日本人はいないのに、よくやってくれたわ」


 三十年前。ってことは、おれが生まれる前じゃんかよ。バエル様が十二歳だっていうし、灯さんもお綺麗でいらっしゃるから、長男のミライがいくつかは知らないけども、せいぜい十数年ぐらいの話かと思ってた。


「み、みんな褒めすぎよ……わたくしはただ、美味しいものが食べたかったからで……」


 照れ隠しなのか、卑屈になる灯さんに「父上も『灯は聡明な女性』だとおっしゃっています」と隣の次男坊なバエル様からも証言が出てきた。頬が真っ赤っかになる灯さん。


「そんなわけで、サナエといたしましてはクライデ大陸にをオープンしたい、という野望があるのですけども。現代日本本場の味をこちらに広めるべく、ね」

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