第2話

 そんな実力とお茶目さを兼ね備えた最高なじいちゃんだけども、ある時を境に「この世界には上位世界が存在する」と言い出した。なんだか突然の陰謀論が飛び出したワケだが、じいちゃんは『風変わり』キャラクターで通っていたから、村の人たちは誰も本気にしてなかったな、当時は。じいちゃんを愛してやまなかったばあちゃんでさえも曖昧に微笑んでいたらしい。


 おれはじいちゃんの強火担だから「いいね! 魔法を使えたり、ドラゴンがいたりするのかな?」と、ゲームで得た知識で乗っかって、じいちゃんから頭を撫でられていた。


 そして、一昨年。

 じいちゃんは『時空転移装置』を完成させる。

 じいちゃんすごくない?


 んまあ、実験を一回で成功させていたら、じいちゃんはここには住んでいな――いや、住んでいるかもしれないけど、今よりはリッチな生活をしているだろう。あいにくそうはいかなかった。


 お察しの通り、装置は熱暴走して、転移実験は失敗する。さっき言ったとはこのことで、じいちゃんは主人公にはなれなかった。


 ばあちゃんが巻き込まれて、時空の裂け目からその『上位世界』に飛ばされる。その際に生じた衝撃波が直撃して、じいちゃんは腰を悪くした。周りの人たちは『村一番の美女』を行方不明にさせた極悪人と蔑むようになる。


 じいちゃんは「早苗(※ばあちゃんの下の名前)はクライデ大陸に行った」ってみんなに説明してたんだけど、そんな世界地図にも載ってないような大陸のことを言われましても――というのはちょっとまあわからんでもないが、じいちゃんがそうだって言ってんだからそうなんだよな。誰だってじいちゃんばあちゃんになればどこかしらが痛くなるんだから、助けてくれよ。


 あんだけじいちゃん家を頼りにしていたおれのオヤジとおふくろは「じいちゃんには二度と会いに行くな」って釘を刺してきた。


 うるせー!

 こういう時にこそ、いちばんの仲良しなおれがそばにいてやらなくてどうすんだよって話よね。


 すぐにヘルパーさんを手配して、平日はヘルパーさんが、土日はおれがじいちゃんの生活をサポートする。おれにもおれの生活があったから、そんなすぐに仕事を辞めるわけにもいかなかった。けど、じいちゃんのためだと思えばがむしゃらに働いても、ちっともつらくなかった。いや話を盛った。つらいはつらかったわ。家には寝に帰るだけ、みたいになってたから。異世界転移する前に働きすぎて異世界転生しちゃってたらシャレになんなかったぜ。


 その時の仕事を辞めてから一年ぐらい経ったかな。退職金を片手に東京に借りていたワンルームを出て、じいちゃん家へ引っ越した。のが去年だ。うん、そう。上司からは「考え直してもらえないか」とか「テレワークしよう」とか提案されたんだけども、社員の代わりはいてもじいちゃんの孫の代わりはいないもん。


 辞表を叩きつけてさよならバイバイした。

 おれはじいちゃんと旅に出る。


 こっちに引っ越してきてからは、動画編集者兼配信者の〝タイガー〟として活動し始めた。ここんところはじいちゃんがこれまでに作った発明品を紹介したり、田舎の綺麗な風景を癒しの音楽と合わせてみたりといった動画をアップロードしている。配信はその時に応じて流行っているゲームをやったり、じいちゃんがゲームをプレイしているところを実況したり。毎日見に来てくれる優しいリスナーたちがいるからそこそこ続けられている。


 いちばんバズった動画は、最初に出した『【Vlog】洞窟の奥にいるドラゴンに会いに行ってみた!』だ。これはマジでタイトル通りなんだけど、じいちゃん家の近くの洞窟に「ドラゴンが飛んできた」ってじいちゃんから教えられて、退職金で買ったカメラを持って見に行ったワケ。


 おれの引っ越しの手配が済んだ後ぐらいだったかな。

 だから一年とちょっと前ぐらい。


 もちろん丸腰じゃあなくて、じいちゃんの発明品の『ピッカリ玉』を装備してさ、行ったんだよ。洞窟の中は暗いから。

 本当にいた。ドラゴン。じいちゃんの言ってたことを信じてなかったワケじゃないが、この世界にマジもんのドラゴンがいるなんて夢にも思ってなくて。めっちゃ吠えられたから、撮るだけ撮って、ドラゴンに『ピッカリ玉』を投げつけて、混乱しているうちにさっさと退散した。ドラゴンのそばに死体があったのも怖くて、もう無我夢中で逃げたよね。


 あのドラゴン、どこから来たんだろう。

 じいちゃんは「飛んできた」としか言わないし、実際そうなんだろうけども。


 だって、この世界はガチで普通だよ?

 魔法もドラゴンも、ゲームの中にしかない。


 ドラゴンはすんごいデカかった。じいちゃん家と同じぐらいのデカさかもしれん。ちゃんと計測したわけじゃないからわからんけど。


 というかさ、あんなにデカいものが「飛んできた」って、飛んでいる途中で誰かしらが気付かないもんかな。でも、気付いても目の錯覚ぐらいに思うかもしれない。村の他の人たちも信じてなかったぐらいだから。なんか今日はでかい鳥が飛んでんな、みたいな。小型の飛行機とも勘違いされるかもしれない。


 そのぐらいドラゴンの存在は信じられていないようなこのご時世。おれの動画は、CGだの動画生成AIだのさんざん騒がれた。おれは命からがら逃げてきたってのに、口だけの奴らは楽でいいですなあ! じいちゃんの発明品の『ピッカリ玉』がなければおれの命もなかったんだぜ。


 一見してカラーボールにしか見えない『ピッカリ玉』は、壁に投げつけるとくっついて三時間ぐらい光る。おれの元野球部としての投擲スキルと相性バツグンってワケだよ。撮影のために洞窟内を照らすためでもあったけど、攻撃アイテムとしても使えたからよかった。ドラゴンの大きなお口の中に投げ込んでやったもんだから、びっくりしたんだろうな。絶対美味しくないだろうし。


 おれのSNSのアカウントに直接DMしてくるやつらも結構いた。


 全部無視してやったけど、一つ気になるのがあってさ。ほら、ドラゴンのそばに死体があったって言ったじゃん。動画化するときに加工して死体だとはわからないようにしたんだけど「ドラゴンを追いかけていた妹が行方不明になった」っていうDMが来たんだよね。


 い、いや、おれもさ、死体見つけたんだったら警察に連絡したほうがいいよな、って思うよ? 冷静に考えたらそうだよな。でも、おれが殺して隠したみたいに疑われそうじゃんか。困るよそれじゃあ。それに、警察に「ドラゴンがいたんです!」って言っても信じてもらえないだろうし。


 で、妹が行方不明ネキの話に戻るけど、話を聞いてたら妹が行方不明になった時期と動画を撮影したタイミングが被ったんだよね。さネキもネタじゃなくて本気で言ってるっぽいから、おれはとうとう観念して洞窟の場所を教えたんだ。


 そしたらさあ! 次の日さあ! 村にすごい武装した人たちがめっちゃ来て! ドラゴンが討伐されたんだよ。やばくね。白いドラゴンが輪切りにされて、バラバラで運ばれていくのを見たよ。トラックの荷台に乗せられてさ。撮影しようとしたら怒られたから、その時の記録はない。撮りたかったな。


 おれの炎上は一ヶ月ぐらいで収まった。たまに蒸し返されて、熱心なアンチがわざわざ配信にまで荒らしに来ることもあったけど、同時接続者数を増やしてくれてサンキュー。まあすぐにBANする。何度来たって無駄だぜ。


 じいちゃんはじいちゃんで、おれの配信者としての活動にゲストで出演するかたわら『時空転移装置(改)』を作り上げた。この一年間で。改良版の改だそうな。正式名称はまだナイショ。


 今宵、生配信でこの改良版を動かす。

 全世界にじいちゃんのすごさが知れ渡ってしまう瞬間が、刻一刻と迫ってきている。


「異世界、楽しみだな」

「そうじゃな」

「ばあちゃん、すぐ見つけようぜ」

「ああ」


 じいちゃん家が見えてきた。配信開始の予定時刻まではまだ余裕があるから、風呂にでも入ろう。今回もバズっちゃうだろうから、身だしなみは整えておかないとね。バズっても確認できないのが残念だぜ。まとめサイトには載るかな。


 直前になって慌てないように、時空転移後に必要そうな撮影機材はリュックサックにひとまとめにしてある。動画にできそうなものは全て撮影したい。あちらに電気があるのかは知らないが、なんとかなる! たぶん!

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