Chapter 3
【ワイルドバンチ強盗団】。
アトリが挙げたそれは、組織だ。組織と言い表すからには集団、集団であると言い表すと人間たちの集まり。
その人間たちを何かの言葉で言い表すならば――
要は、【ワイルドバンチ強盗団】っていうのは、犯罪組織である。
主にやってのけたのは、銀行強盗および列車強盗。手っ取り早くお金を掴む方法、気力と計画性の持ち合わせがある
だが【ワイルドバンチ強盗団】がやる事は、下手な
重要視すべきなのは、失敗を一度もしなかったこと。企てた犯行を全て、大成功に終わらせたこと。
所属メンバーの総人数は、残念ながら詳しく分かっていない。雇われや
リーダーにして設立者、銀行強盗および列車強盗の麒麟児――ブッチ・キャシディ。
ブッチの右腕であると同時に親友、ブレーン的存在――エルジー・レイ。
もっとも多くの人間を殺め、仲間たちですらその獰猛さと狂暴性を恐れたという――ハーヴェイ・ローガン。
馬術の達人ローラ・ブリオン、謎多きカミーラ・ハンクス、狡猾なるニュース・カーヴァー、随一の悪徳者デカ鼻ジョージなど、あとのメンバーも負けず劣らずの個性の持ち主。
だけれども、そんな中においてもっとも注目すべき存在であり、忘れてはいけないのが、アトリが挙げたザ・サンダンス・キッドであり――
と、ここでアトリの中でストップがかかる。
「どうした?」
「……えーと、ですね……その、なんていうか、そんなの普通ありえないだろうって思うことがあるというか」
「具体的には、どういうこった?」
「……そのままの意味ですよ」
アトリは言う。
「……外国人でキッドさんっていう方は結構いらっしゃいますけど、でも……大体それらのキッドさんたちが名乗っているのって、大体自称か愛称か芸名ですよ」
「言われてみりゃあ、そうさな。
かの有名なビリート=ウィリアム・ヘンリー・マッカ―ティ・ジュニアだって、キッドって呼ばれてたっけな」
「……すごくコアなネタを引っ張ってきましたね。……それ、普通の人だったら絶対分かりませんよ」
「でも、お前は分かっていた。ソイツぁ、違わねぇよな?」
「……ええ、まあ」
「じゃ、ザ・サンダンス・キッドについちゃあ、どうなんだ?」
だが、当のキッドはアトリのそんな心情なんて知る由もないようだ。
だから、どうも違和感を覚えてしまう。
「……どうなんだって言われましても」
「俺としては寧ろ、おまえが持っている知識について聞きてぇってんだ」
ちょっと待ってほしい。聞くとしたら、普通は自論のほうじゃないだろうか?
知識なんて、図書館や書店で参考文献を探すか、グーグル先生かWikiにでも頼れば、よっぽど専門的じゃない限り簡単に入手することが出来るし。
いや、それ以前に――
「……えーっと、キッドさん」
「おう」
「……失礼を承知で言わせてもらいますが」
アトリは言う。
「……わたしなんかより、キッドさんの方がずっとお詳しいのでは?」
「そうかぁ?」
「……というより、ある人物を名乗るからには、この場合ザ・サンダンス・キッドですけれど……キッドさんの方が、ザ・サンダンス・キッドっていう人物を誰よりも理解し得ているはずじゃ……」
「……ほぉう?」
だが、はっきり言ってこの発言は大失態だった。その大失態は、不条理にもアトリが辿る運命を決定づけてしまうことになる。
「お前、それ、マジで言ってんの?」
変化は唐突だった。
キッドのそれまでの声が低まる――老成した蛇が唸るように。
キッドが纏う空気が、重みを帯びる――水の中を水銀が沈んでいくように。
「……え?」
何やら不穏なものを感じて、アトリは思わず息を呑む。キッドの
闇に潜む獣が、長く待ちわびた獲物を補足したかのように。
「別に、ビビることなんざねぇってんだよ。誤解させちまっているかもしれんだろうが、安心しろ。俺は、別に怒っているわけじゃねぇ」
にィい、とキッドは笑う。
「むしろ、逆だ」
「……キッドさん?」
しかし、対面する側のアトリにしてみれば、浮かべられるそれにどんな意図があるのか分からない。
けれども、こういう笑い方をする類の人間だったら、アトリは知っている。
それを一言で言い表すなら、
【あの人】みたいな。
「永かった……永かった、だから」
「……キ、キッドさん!?」
「待ちわびたぜェ!」
「……っぁ!」
硬い感触が、アトリの喉頸に喰らいつく。
アトリの喉頸が、キッドの五指に捕らわれる。ぎこちなくも和やかであったはずの場は、粗暴であっても優しさを見せていたキッドの豹変で、今や修羅場だ。
悲鳴を上げかける。けれど、辛うじて出せたのは、震える呼吸音だけ。
その射すくめるような眼光、アトリに向けられているそれは、舌と声帯の機能が停止するほどの威力があるらしい。
「ンな怯えんなよ。別に、売っ払ってやろうとか、潰して食っちまおうってんじゃねぇんだから、な?」
脅しているのか宥めようとしているのか分からない。けど、冗談抜きに背筋が冷えた。
「別に、無茶な頼みをしようってわけじゃねぇ」
だが、キッドにしてみれば、アトリがなにを思おうがどうでもいいらしい。
「俺には、どうしても入り用なモンがあってな」
キッドは言う。
「ソイツを持ち合わせていたのが、お前だったってわけだ……俺が言いてぇこと、分かるよな?」
そんなの、分かるわけない。
大体、一介の日本人の女子高生にすぎないアトリが持っているものなんて限られている。
財布の中に諭吉さんや英世さんが何人もいらっしゃるわけでもないし、スマホにはパケット上限額がある上コンテンツフィルターがかかっているし、ICカードだってチャージ制だから限りなく使えるわけじゃないし。
じゃあ一体、このキッドという男はなにが欲しいのだろう? なにが欲しくて、アトリにこんなことをするのだろう?
アトリの人生経験上、こういう我を持つ人間っていうのはロクな存在じゃない。
でもそれを、他でもないアトリがそれを認めてしまうのなら、【あの人】だってロクな存在じゃないと定義されなければいけなくなる。
「そういうわけで、だ」
づどっ!
鈍重な衝撃が、脇腹を突き抜ける。
内臓が全部一緒くたにぐちゃぐちゃに潰れてしまうぐらい強烈なそれは、流れるような身のこなしで叩きこまれた、キッドの拳。
「……かふっ!」
膝の力が砕け、崩れる。立つことをままならなくさせられ、よろめく。
そうして倒れそうになったところを、ぽふんっ、と受け止められた。
「ちぃとばかり付き合ってもらうぜ。とりあえず、悪いようにゃせんさ」
それを最後に、アトリの意識は真っ黒に塗りつぶされた。
昏倒させた少女を、ザ・サンダンス・キッドは受け止めた。
「死んでねぇよな?」
力加減はしたはずである。だが、胸糞悪い。
女を殴った。それも、まだ少女を。
世界に敷かれる
「ンなの、構うかってんだ」
あの日を境に、覚悟はとっくの昔に決まっていたはず。
罵りをどれだけ浴びせられようが、酒や残飯をよってたかって頭からぶっかけられようが、屁でもない。
寧ろその程度、上等だと甘んじて受け入れてやるつもりだ。
あの日、過去、未来、そして現在、全てを奪われた時からずっと――そう、あの日から自分ただ一人ずっと、終わりのない悪夢をさまよい続けているのだから。
でも、それもやっと終わってくれる。この永い永い悪夢から、覚めることが出来る。
だが、安堵の気持ちに反するよう、恐れの気持ちもまた存在している。悪夢から目覚めた自分を待っているのは、悪夢以上に忌まわしく、受け入れられないようなおぞましい現実ではないだろうか。
現実において自分は、ボリビアの監獄にいるのだ――たった一人で。
目を覚ました自分は、監獄の冷たい床に転がっているのだ――たった一人で。
そんな自分に、牢番は無情の一言を浴びせる。「お前の相棒は死んだのだ」と。
ザ・サンダンス・キッドは死んだのだと。
「勝手に殺すなってんだ」
頭を振って、否定する。ザ・サンダンス・キッドは死んだ――しかし、それを男は――ザ・サンダンス・キッドを名乗る男は、否定する。
だが、この少女はどういうわけかは知らないが、知っていた。
誰もが否定した、ザ・サンダンス・キッドの【存在】を。
本来であればありえないはずの、ザ・サンダンス・キッドの【存在】を。
「悪く思うなよ……」
ザ・サンダンス・キッドを名乗る男は、意識を失った少女を抱き上げる。馬車の荷台に下ろし、横たえた。
そして、鞭を入れられた馬たちが、前進する。馬蹄が地面を蹴る音と木材が軋む音が上がり、馬車は進み出す。
こうしてアトリは、自分が知らない場所で、その行方を絶ったのだ。
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