残された時間で

 比渡と言い合いになったあの日から、比渡はおれに目を合せなくなった。


 おれが間違っていたのか? いいや、合理的だったはずだ。でもこうして考えるといのちってのは何物にも代えがたい物なのだと思う。


 はぁ、あんなこと言わなきゃよかった。そう思ってももう遅いのだろう。


 そんなことより鬼殺しの試練まで後一週間だ。今のままではまだ中級の鬼に届かない。


 鬼殺しの試練は個人戦だ、故にひとりの力でしか評価されない。おれの実力はまだ中級の鬼以下だ。


 このままじゃおれのいのちは八木と霧江の自由にされちまう。せっかく与えられたチャンスを無駄にしたら八坂様に悪い。


 けれど――授業は授業でうまくいってないし、ひとりでやる修行にも限界があるし……どうすればいいんだ。


 おれは教室で頭を抱えていた。


 いっそ実凪を誘って修行でもするか? いや、実凪は友達が多いしおれ一人に費やしている時間なんて無い。じゃあ秋は、比渡と一緒に他の女子生徒と修行だよな。


 やっぱ学校でボッチってのは限界があるな。


 と、グラウンドに来てみたはいいが、やることと言ったら訓練ホログラムの鬼との戦闘訓練くらいだ。


 訓練ホログラムの難易度を中級の鬼に設定してやっているが、すぐに一発くらってゲームオーバー。再戦してはゲームオーバー、その繰り返しだ。


「……クソ」おれはひとりグラウンドに寝っ転がった。


 あと一週間で急激に成長する方法ってなんだ? どうやっても中級の鬼に届かなくないか?


「どうすっかなぁ……」


「努力している少年発見!」


 と、言うのは女性だった。


「え? おれですか?」


「そうだ、君だ。君しかいないだろ」


 誰だこの女の人。見たこともねぇ独特な格好だな。大正ロマンか?


「訊ねたいことがあるのだけど……学長室はどこだい? 道に迷ってしまってね」


 と訊かれたからには親切に教えてやるのがボッチという生き物だ。


「学長室なら地下百階に下りて、廊下をまっすぐ突き進めば着きますけど」


「そうかそうか、ありがとう。いやいや、昔来た時より学園の構造が変わっているから迷ってしまった」


 いや、迷ってグラウンドまで来るか普通。怪しい女だな。


「おっと、失礼した、自己紹介がまだだったね」


「え、はあ」


 なにこのヒト、もしかしておれに気があるのか? すまないがおれは年上好きと言えばそうだけど、自称17歳とか言うヒトは好かないぞ。


「わたしの名前は如月明日香きさらぎあすかだ。好きなものは努力する少年少女の姿! よろしく!」


 なんだこのヒト、東雲先生みたいなこと言うな。テンション的にも似ているし。


「ところで少年の名前は? 女性が名前を教えたんだから男性の君は答えなければならないだろ」


 なにその理論、いつの時代の理論ですかね? わたくしめ気になりますわ。


「日野陽助です」


 ここであっさりと答えるのがボッチという生き物だ。よく覚えておきなさい世の中のボッチ諸君。


「ほう、そうか……いい名前だ。では努力している君に少し犬因子の使い方を伝授してやろう」


 そう言った明日香さんは、訓練ホログラムを起動させて中級の鬼に設定した。


 急だな、でもおれより強そうだし学べることは学んどこう。


 と、訓練ホログラムで表示された中級の鬼は素早い動きで明日香さんに迫った。


 明日香さんは身構えもしないでいる。


 意外に弱い系女子か? とおれが内心思っていたら、


「アルファ階級因子、それ即ち絶対的な矛にも盾にもなりうる」


 明日香さんは人差し指一本でホログラムの中級の鬼の攻撃を止めた。


 ホログラムの中級の鬼は距離を取ると、今度はもっと速いスピードで肉薄しようとするが、


「ベータ階級因子、身体強化型、それ即ち肉体の限界を超える力なり」


 と、明日香さんはホログラムの中級の鬼の元へ一瞬で移動した。


「ベータ階級因子、武器強化型、それ即ち物質の限界を超える力なり」


 明日香さんは懐から短刀を取り出し、ホログラムの中級の鬼の核を攻撃した。


<中級の鬼クリア>とホログラムが表示された。


「たかがホログラムだが、本物の鬼に負けないなかなかのスピードだ」


 ……このヒトめっちゃ強ぇ。一瞬で中級の鬼をクリアしやがった。本物の鬼じゃないけど、おれなんか一度も勝てたことないぞ。


「さて、君はひとりで強くなろうとしているのだろう?」


「え、はい、まあ」


「どうしてひとりなんだい?」


「まあ……ボッチなもので」


「はははっ、ボッチか、ならわたしが少し修行に付き合ってやろう」


「え、いいんですか? 急いでいるんじゃないんですか?」


「急いでいるが、努力する者を見るとそっちを優先する」


 と、明日香さんは地面に何か書き始めた。


(ひのようすけ)


 おれの名前をどうして書く?


「君の犬因子は何型かな?」


「あ、超人型です」


「うわぉ! その年齢で超人型ってことは最初からすべての因子に適合したってことか。超珍しいタイプじゃないか! って、わたしも超人型なんだがね」


 え、マジか! 超人型がここにふたりいるってめっちゃ凄いじゃん。


「まあ、わたしの場合は後天的なものであって、今後のポテンシャル的に言えば君の方が強くなれる確率が高いと思う」


 そうなのか。てかこのヒトいったい歳いくつなんだ? 見た目おれより少し上な感じだけど、もしかして結構歳行ってる?


「超人型の場合説明は簡単だ――アルファを元にベータを構築する、それだけだ」


 え? その説明からして難しいのだけど大丈夫かな……。


「つまり、アルファの攻撃型か防御型を自分のカラダに乗せて、あとはベータの身体強化か武器強化を拳に乗せる。アルファ階級因子を攻撃型にセットしておいてあとはベータ階級因子を身体強化か武器強化にするだけだ。これを習得すれば中級の鬼程度は余裕になる」


「はあ……」やべぇ何一つ分からねぇ。


「分からない場合はじゃんけんをイメージすればいい。超人型はグーチョキパー全ての手札を持っている。相手が鬼……中級の鬼の場合能力は一つ、つまりグーだったらグーしか出せない、チョキだったらチョキ、パ―だったらパー。超人型は相手によって有利な手札を出せるわけだ」


「あの、もし相手がチョキでこちらがパーを出した場合どうなるんですか? 相性的に負けですよね? 超人型が手札を切り替えられるとしても一手遅れますけど」


「そうだなぁ、こちらが近距離型で中級の鬼が遠距離型だった場合、超人型は防御型主体の身体強化を使い距離を詰めるのがベストだが、ベータを使いこなせていない場合は、防御型のみで無理やり距離を詰める――そう、脳筋が超人型の戦い方だ」


「あの、つまりめんどくさい話を抜きにすると、超人型ってのは脳筋が一番ってことですか?」


「そうだ! 脳筋こそが超人型の特権! しかし、上級の鬼相手になってくるとベータ階級因子を確実に使えてなくてはならない」


「え? じゃあ、ベータ階級因子に適合していないヒトは上級の鬼には勝てないってことですか?」


「まず、アルファ階級因子の防御型だけの適合では勝てない――しかし。オメガ階級因子は成長と共にベータ階級因子を発現させる。ベータ階級因子は才能ではない、努力だ」


 つまり努力すれば上級の鬼にも勝てるかもしれないってことか。


「わたしの知り合いにはベータ階級因子の武器強化型しか使えない者がいるけど、その者は今では小隊の隊長になっている。上級の鬼と互角程度の力を認められているということだ」


 スゲー。そんなヒトがいるのか。おれは超人型で恵まれているのに……中級の鬼に勝てないのか。正直落ち込むぜ。


「ただ、アルファ階級因子の適合者というのは才能でしかないんだ、特に攻撃型は呪われた遺伝だ……」


 攻撃型って比渡だよな。呪われた遺伝ってどういうことだ? てかおれもアルファ階級因子攻撃型に適合しているんだけど、そこどうなってるの?


「まあ日野陽助君、中級の鬼に勝ちたいなら努力を裏切らないことだよ」


 明日香さんは背を向けて「がんばれよ、少年」と言い残して校舎の方へ歩いて行った。


 あの、修行の件は? 犬因子の詳しい説明だけで終わったけど……組手とかしてくれないの?


<ふあぁ~>


 とベアトリクスは眠っていたらしく、そんな音声を発した。


<うん? あの後ろ姿……>


「明日香さんって言うんだ、知り合いか?」


<いいえ、たぶんとても野蛮な奴です>


 なんだそれ。おれの師匠を野蛮扱いは許さんぞ。


 と、おれは努力を裏切らないで、ひとり修行に明け暮れた。

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