比渡の御家

 昼休み。


 おれはいつも通り屋上で犬になっていた。


「ほら! とってこい!」


 いまおれは比渡ヒトリの賢い犬設定だ。賢い犬設定だから、ボールを取ってこなければならない。


「ほら! もう一回取ってこい!」


 あの比渡ヒトリさん、この遊びいつまで続けるの? おれはつまらないよ? ご褒美に比渡の匂い嗅いでいいなら続けるけど。


「ほら! もう一回――」


「――比渡」


 おれは比渡の犬遊びがイヤになったので昨日のことを質問しようとした。


「何かしら?」


「昨日さ、犬の面を着けた奴に話しかけられたんだけど、あれってドッグズの奴なのか?」


 おれが訊くと、比渡は目を見開き、


「どんな体格だったの!」今までにないくらいの声量で訊いてきた。


「体格? 女っぽかったな、声がもう女だったし」


 おれが答えると比渡は落ち着いたように息をつく。なんだ? なんか焦るようなことでもあったのか? てかなんで体格を訊いてくる。


「ならよかったわ」


「ドッグズの連中なのか?」


「たぶんそうね……でも安心していいわ」


 安心しろ? もしかしてドッグズにも派閥みたいなのがあるのか? でも昨日の奴ときたら殺気ビンビンで滅茶苦茶怖かったんだけど。


「そいつ比渡のことお嬢とか言ってたぞ」


「……そう。ならあなたには話しておくわ」


 と、比渡は椅子に腰かけ、おれはあぐらをかく。


「元々わたしの御家は優秀な犬を輩出する御三家なの。ドッグズの中では有名で、比渡家と言えば皆かしずくような家柄だった」


 なるほど、だから犬の扱いが上手なのですね。特におれの扱いがとても良い。気持ち良いくらいだ、時々うんざりするけど。


「昨日あなたが会ったドッグズの子はわたしの御家に仕えていた者だと思うわ。その子に何を言われたの?」


「比渡に近寄るなってだ」


「ふふっ、そう。変わってないわね」と珍しく比渡が笑った。


 笑った顔も可愛いですね、うへへへ、もしよければその笑顔でずっといてください。え? おまえキモいって? 仕方ないさ、おれは生れた時からキモいし、今でもキモい、性格が変わっていだけだ。って、もうその言葉は聞き飽きた? おれの出生ネタはもう観客を笑わせられないか。悲しいぜ。


「御三家なのに、いま比渡はドッグズにいのち狙われているんだろ? その従者だった奴に狙われないのはどうしてだ?」


「甘いのよ、わたしの家に仕えていた従者はみんなね」


「そうか。従者に恵まれたんだな」


 ええ、と比渡はまた笑顔を見せた。その笑顔をおれは守りたいです。


「わたしがドッグズからいのちを狙われている理由は――ベアトリクスから犬因子を抜き取って雲隠れしたからなの」


「まあそんなことだって予想はついていた。でもベアトリクスの犬因子って、比渡がいのちを狙われるくらい価値のあるものなのか?」


「ええ、犬因子の中でもベアトリクスの因子は国を崩せるほどの大きな力よ。その犬因子が持ち出されたって知られたらわたしは国を脅かす犯罪者よ」


 えぇ、マジか、その犬因子をおれが取り込んじゃったんですけど……どうすればいいんですか比渡ヒトリさん。あなたのせいですよね? いいや、最終的に選択したのはおれだからおれが悪いのか? おれは悪くない悪くない悪くない悪い。あ、おれが悪いんだ。


「犯罪者か……じゃあおれも共犯だな」


「ええ、そうね。わたしのわんこ君だもの」


「まあ、ドッグズの中にも派閥があるのは分かった」


「でもね日野君、男性のドッグズには気を付けて」


 そう言われたおれはワン! と返事をした。


 男性のドッグズだろうが何だろうが今のおれならぶっ飛ばせるぜ。見てろよ青春ラブコメの神様、おれは絶対に比渡を守って見せる。


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