わんわんパーク

 わんわんパークは最高の空間だ。


 入場者数を制限されているから人混みに巻き込まれて離れ離れになることもないし、何よりわんこと触れ合える。


「おにい! おにい! 写真撮って!」


 と、妹は子犬を抱きかかえておれの方を向いた。


 あの、おれも写真撮りたい。てかそれ何の犬種だ? こんなにもふもふして可愛いなんて……ここは天国か? いいのか? おれみたいな奴が天国にいて。


「ねぇ日野君、わたしも……撮って」


 と、比渡は子犬を抱きかかえておれに迫ってきた。


 あらやだ、可愛い。子犬も可愛ければ比渡も可愛い。いやまて日野陽助、騙されるな。女というのは可愛いものを見つけると自分の方が上だとマウントを取る生き物だ。つまり、子犬よりも可愛いわたしを見ろってことだ。その顔に騙されるなよ日野陽助。


「はい、チーズ」


 おれはカメラマンになっている。おれもわんちゃんと写真撮りたいよ。でもおれみたいな死んだ魚の目をした野郎と写真なんか撮りたくないだろうな。親犬の気持ちを考えてみろ……ワンワン! (あの人間と写真なんか撮っちゃなりませんよ、将来呪われますよ)


 と、おれはひとり妄想しては落ち込んでいた。


「カメラマンばっかりやってないで、日野も一緒に写真撮らない?」


 そう言ってきたのは暗子だった。


 え、いいの? 暗子、お前良い奴だな。おれお前が性格悪い奴だって勘違いしていたわ。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 と、おれは暗子と写真を撮った。なぜか犬は映っていない写真だった。おれは犬と写真が撮りたいのだけど……まあ暗子は嬉しそうだしいいか。


 この癒される空間では時間の流れというものが意味をなさない。


 気が付けば正午だ。


「飯でも食うか」


 と、おれは提案する。まだまだわんわんパークを回らなくちゃならないから腹ごしらえはしておいた方がいい。


「そうね」


「お腹減ったぁ。喉も乾いたぁ」


「うん、ちょっと休憩したいかも」


 と、みんな犬と遊び疲れていそうだ。


 いいや、まだまだ遊ぶぞ。なんたってまだ三割程度しかわんわんコーナーを歩いていないからだ。ちょっと前半で遊び過ぎた点はあるが、まだまだこれからだ。


 おれたちは店に行った。わんわんパーク内にあるわんわん食堂なる店だ。


 メニューには『わんわん』という名前が付いている。これおれが読むとちょっと恥ずかしいけど大丈夫、ここはわんわんパーク、キモいおれでもわんわんと言っていいはずだ。


「おにい、わたしわんわんカレー食べたい。あとデザートにわんわんスペシャルパフェを食べたいなぁ」


 と、妹は上目遣いで言ってきた。どうやらおれの財布の中身を気にしているらしい。


「おう、頼め頼め、今日はお兄ちゃんしてやる」


 おれがそう言うと、なぜか暗子は上目遣いをしてきた。


 いや、君は自分のお金で頼んでね。そうじゃないとおれの財布の中すっからかんになっちゃうからさ。


「わたしわんわんウルトラバーガーにしようかな」と暗子。


「わんわん、わんわん……」


 比渡はどのメニューにしようか迷っていた。なんかクールな比渡が「わんわん 」言ってるの可愛いんだけど。


「おれはわんわんドリームカツ丼」


「あ、わたしもそれにするわ」と比渡。


 え、いいのそれで。ここではみんながみんな違うもの頼んで食べ比べとかするのがセオリーじゃない? おれと比渡は間接キス出来ないじゃん!


 おれたちは席に備え付けてあるタブレットでメニューを注文した。


 注文した料理が届くとセオリー通り食べ比べをした。


 さすがわんわんパークの料理。この値段で一ツ星レストラン並みの美味さ。って、一ツ星レストランなんて行ったことないんだけどね。


『はぁおいしかったぁ』と妹と暗子は口をそろえた。


 おれたちは食休みするためにベンチに腰掛けた。


 そこでおれの鼻を刺激して来たのは犬の臭いではない。


「鬼臭いわね」


 比渡の言う通り鬼の臭いがそこら中を漂っている。


「日野君」


 ああ、分かってる。食休みしている場合ではないな。


「悪いけど、おれトイレ行ってくるわ」


「わたしも失礼するわ」


「え、う、うん」と暗子。


「時間かかるから、わんわんパーク楽しんでていいぞ。あとで連絡して集合しよう」


 と、おれと比渡はふたりを残して鬼の臭いのする場所へ向かった。

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