鬼とは?

 夢があるようで夢が無い。浅い眠りだ。


 そう感じた時、おれは目を覚ました。


 暗い部屋だ、日の光がカーテンの隙間からも入ってこない陰湿な部屋。

 

 和室? おれの部屋ではない、ここはどこだ?


 時計は……あった、現在は午前六時半か。


<起きましたか>


 とベアトリクスはおれに話しかけてきた。朝の挨拶も無しに話しかけられるとなんと返していいか分からない。言葉のキャッチボールの仕方を教えてやりたいものだ。


「ここは旅館か?」おれは訊く。


「いいえ、わたしの家よ」


 そう答えてきたのは比渡ヒトリだった。


 比渡の家? つまりこの今おれが寝ていた布団って比渡の匂いがいっぱいに染み込んだ布団ってこと? この枕も比渡の匂いたっぷりの? ヤバい、朝だから股間がヤバい。どうしよう、いいや落ち着け日野陽助、興奮したら余計大変な事態になる。


「あなた、あの後気を失ったのよ」


 そうだったのか。まあおれのことはどうでもいい。


「寝起きで頭が冴えないが、昨日のこと、説明してもらっていいか?」


「ええ、わたしには説明する責任があるから」


 と、比渡は正座をした。おれは布団から起き上がり、比渡の方を向く。あぁ、なんか知らんけどカラダが痛ぇ。


 そんなおれのことより昨日の鬼について説明してもらわないとな。


「鬼についてだけど、時代によってその呼び名はアヤカシだったり、もののけだったりと変わっているわ。今の時代では鬼と呼ばれている。昨日の鬼は低級レベルの鬼で姿かたちはあなたの想像する鬼にそっくりだと思うわ」


 え、あれで低級の鬼なの? おれたちやられそうだったじゃん、まあおれが足手まといだったわけだけどさ。


「簡単な話、わたしは鬼狩りをしているの」


「ほう、比渡はどうして鬼狩りをしてるんだ?」


「……鬼に両親を殺されたから」


 復讐か。その年齢で復讐をするってことは相当鬼が憎いんだな。


 復讐は虚しいとか比渡の前で言ったら怒られそうだ。まあおれも家族とか鬼に殺されたら鬼に復讐するだろうし、そんな上からもの言える立場じゃねぇわな。


「話を戻すわ、昨日の鬼は自然発生する天災なの、特に学校で発生することが多いわ。自然発生しない鬼もいるけど」


 ほうほう、例外の鬼もいるわけか。


「その自然発生する鬼はどうして学校に発生するんだ?」


「青春エネルギーが多い場所に鬼は発生するの。そして学生から青春エネルギーを吸い取るために居座り、力を蓄える」


 青春エネルギー? なんだそれ、おれとは無縁のエネルギーじゃねぇか。おれボッチだし、部活もやってないし、いや最近は比渡と青春ラブコメ生活謳歌しているか。


「青春エネルギーってなんだ?」


「鬼が栄養とするエネルギー。そのエネルギーが食い尽くされると私立豚小屋学園のような生徒が増えるの」


「ただの不良が増えるだけじゃねぇか」


「いいえ、青春エネルギーを吸われ続けた学生はどんどん鬼化していくのよ。豚学の生徒は危うかったわ、あと一歩遅れていたらもう人間には戻れなかった」


 そんなヤバいの? 青春エネルギーって大切なんだな。


「ベタな設定だな」


「設定じゃないわよ。事実よ」


 まあ、青春エネルギー皆無のおれなら鬼化しないだろうな。


 つまり学生が青春しなくなれば鬼はいなくなるのではないか? いいや、無理か。青春無くして学生は学生とは言わない。それに自然発生しない鬼もいるらしいからな。


「比渡の他に鬼狩りをしている奴はいないのか? 仲間とかさ」


「いたわよ、昔はね。組織を抜けてからは独りよ」


「なるほど、ドッグズって組織が鬼退治をしているわけか」


 おれが言うと比渡は頷いた。


「あなたの言う通り、ドッグズは学生たちの青春を守るために鬼を退治しているの」


「でも、比渡はドッグズからいのち狙われてるって言ってただろ……って、その狙われる理由の首輪をおれが着けてるわけだけど」


 外そうとしても外れねぇしどうしようこの首輪。学校で目立つな、あ、でもおれ影薄いし友達いないから目立たないか。


「これからも狙われると思うわ」


 何か裏がありそうだな。鬼と組織、比渡にとってはどちらも敵か。


「わたしは組織から逃げたから、仲間なんていない」


「ふーん、いろいろと大変なんだな。じゃあおれはこれで失礼させてもらいます」


 と、立ち上がろうとしたおれだが、脚にうまく力が入らない。


「今日はあまり動かない方がいいわよ――それと、その首輪を着けた以上、あなたはわたしと一緒に戦ってもらう」


 戦うってあの鬼と? 無理無理、昨日のあの鬼が低級って聞いたらもう戦いたくないよ。


<最初から陽助に着けるつもりだったのでしょう>とベアトリクス。


 え? そうなの? なんで比渡はおれを選んだの? もしかしておれのこと嫌いだから? 嫌いだから鬼と戦わせておれを間接的に殺すつもりだったの?


「ええ、そのつもりだったわ」


 あ、そういうことか。おれって青春エネルギーとは無縁だもんな。鬼化する心配もないしな。なんなら友達もいないし、比渡が鬼狩りやってるなんて噂広まらないよな。


 はぁ、とため息を吐いたおれは布団に転がった。


「今日はそうしていた方がいいわ。明日から忙しくなるわよ」


 嫌だなぁ、怖いなぁ、働きたくないなぁ、おれのわんわんドリームスペシャルエクストラわんこプレイを返してくれ。


「それと、わたしの言うことは聞きなさい、わたしのわんこ君」


 比渡ヒトリの犬か……やっぱり悪くないねぇ。


 日常は青春ラブコメ、非日常は鬼退治。学校卒業したら桃太郎にでもなろうかな。

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