第34話
職員棟とも呼ばれるこちら側の校舎は、教室などの数もさして多くない。
いわゆる従業員スペースの様な場所なので、すぐに理事長室へ辿り着いた。
昨日も一度来ていることもあって迷うことはなかった。
ノックをすることなくそのまま扉をひらく。
「よう、来てやったぞ」
ロベルトは珍しく理事長の椅子ではなく、来賓用のソファーに座っていた。
恐らく机に置いてある物を見ていたのだろう。布を被せた棒の様な物が置かれていた。
「おぉ、リドか。中々制服似合ってるじゃないか」
そこから、オレへと視線を向けたロベルトは、息子の晴衣装を見るような目を向けてきていた。
「あれ? エマちゃんは一緒じゃないのか?」
「アイツは迷子になってな。途中ではぐれた。それより……」
ロベルトから視線を外して反対側の椅子……オレに背中を向けて座っている男を捉える。
中には一人先客がいてソファーに座っていた。
ロベルトと同じ歳くらいの良い服を着た男だった。
その男も視線に気がついたのか、ゆっくりと振り返りこちらを振り返る。
その顔立ちには見覚えがあった。
「……たしか、クリードだったか? エマの父親の。謁見の間で以来だな」
「覚えててくれたとは嬉しいよ。君のそういう所だけは両親に似ていなくて良かった」
オレに微笑みかけてくるクリード。
血というのは確かに強い物なのかもしれないと思わせるくらいにはエマと似ていた。
唯一エマと違うのは、ただ座っているだけでも感じる強者の気配だ。
剣の鍛錬を積み重ね、数多の敵を屠ってきたような威圧感を感じる。
勝手に血が滾って戦闘体制に入りかける。
「そんなとこに立ってないで入れ。そんで落ち着け、この男はお前に危害を加えるような奴じゃない」
「……あちゃ、警戒させちゃったかな? そんなつもりはなかったんだけど」
危害を加える以前に、クリードをよくみれば剣を帯刀していない。
敵対する気は全くないというのは本当だろう。
肩の力を抜いて渋々ながら部屋に入って椅子に腰掛ける。
そんなオレの様子を見てロベルトは笑っていた。
「はっはっは! お前野良猫みたいだな。さっきも言ったがコイツはお前の敵じゃないぞ。お前に渡す物を持ってきてもらったんだ」
「モノ……?」
そう言われて改めて机の上にあるものを見た。
布で包装されている細長い何かは、少しだけ年季が入っているのか汚れが少し付いている。
渡すものと言っていたが、学園生活で必要なものでも持ってきたのだろうか。
「なんだそれ」
「これはな……」
ロベルトがその布を手に取ってゆっくりと剥がしていく。
布が捲れるたびにその全貌が浮かび上がっていき、梱包を剥がした後に残ったのは、淡く輝いている様に思える金属だった。
白を基調にして赤いラインが入っている。
「なんだ、これ……」
思わずそう声を漏らしていた。
ため息が出るほどに美しく、傷一つないソレに目が奪われる。
「これは、ある人の愛剣だよ」
オレがこぼした言葉を、クリードが拾って答える。
「……剣?」
オレ達の前にある剣は恐らく国宝級。
ベテランの騎士や戦士、兵ですらそうそう目にすることはできないような美しい白と赤色の剣。
スラムの強者達もそれなりに良い剣を揃えていた様に思うが、その中でも群を抜いて凄まじい威圧感を感じる。
「ああ、剣だよ。もう15年以上も前に、その人が僕に伝言を書いた紙と共に預けていってね。ずっと保管していたものだ」
「さっきから言ってるある人とかその人って誰だよ」
「……その前に、これを君に渡すよ。その人から伝言も預かってる」
クリードはもったいぶるようにゆっくりと、穏やかな口調で話し続けながら、丁寧に管理していたのが分かる小綺麗な手紙をオレに差し出してきた。
「『詳しいことは紙に書いておいたから、遠慮しないで受け取りなさい』と言っていた。僕もまだ手紙を見ていないからなんて書いてあるのかわからないけれど……」
差し出された手紙を受け取って、破れないようにゆっくりと開く。
そこに書かれている文字を読んで、オレはなぜか分からないが懐かしい感覚を覚えた。
『騎士になったリドへ。
恐らくこれを読んでいる貴方は私を恨んでいるのでしょうね。
私はリドには争いとは無関係の世界で生きて欲しかったけど、騎士の道を選んだということは、並の生き方をしてこなかったのだろうと想像が付くわ。
本心では今すぐにでも騎士なんて道はやめてほしい。
けど、私の言うことなんてきっと聞かないヤンチャな子になってると思うし、肉親としてその決断を咎めるようなことはしないわ。
せめて、母親として一大決心をした息子の支えになれることはあるかなと考えた時、この剣くらいしか私には思い付かなかった。
もしお母さんの言うことを聞いて騎士の道を捨ててくれるなら、この剣を売ったお金で屋敷でも買って過ごしなさい。
騎士になるなら、この剣はきっとリドの助けになるわ。
名は好きに決めてもいいわ。
もしもお母さんが決めてもいいのなら、リドの未来が輝かしくあるように。
リドの選んだ道に幸福の鐘が鳴り続ける様に。
【ベル】
そう呼んであげて欲しいかな。
話したいことがありすぎて、とても書ききれないから、いつか顔を見て話そうと思うわ。
けど、貴方も私の息子なのだから分かると思うけど、顔を見て話すと照れ臭いじゃない? だからこうして今回はお手紙を書いたわ。
最後に一つだけ。私はリドを心から愛しているわ。
どんな道を選んでも、生きてまた会いましょう。
アイシャ・エディッサより』
「母親? ベル……? 息子? アイシャ……エディッサ……? こいつは何を言っているんだ?」
ロイが実の父親だったと言う事実よりも、この手紙の内容はオレへ大きな衝撃を与えてきた。
母親だと? 誰の? オレの?
そんなわけがないと思いながら混乱するオレに、クリードは変わらない微笑みを浮かべる。
「そう。アイシャ・エディッサ。旧姪アイシャ・ノヴァ・ローラン。リドくんのお母さんからの贈り物だ」
「……オレの、ははおや、だと?」
クリードは大きく頷く。
十数年来の約束をやっと果たせたという様に、清々しい表情だった。
だがオレの心はまだ荒れていた。
人として体を持つ以上、母親というのは居たのだろう。
だが、そんな人物の存在を今まで考えたことがなかった。
生きるために必死だったのも理由の一つだが、自分は孤児だと思い込んでいたのが強かった。
旧姓があるということは、ロイと籍を入れていたということ。
そしてその旧姓もそうだ。
アイシャ・ノヴァ・ローラン。
ミドルネームがあるということは、エルセレム帝国では貴族の中でも上の方の地位を持つ存在だ。
他の国であってもそれは同じだ。
ローランなどという貴族の名前は寡聞にして聞いたことがない為、エルセレム帝国の貴族ではないだろうが。
色々頭の中がこんがらがってくる。
そんなオレを見て、ロベルトは一度咳払いをする。
クリードも少しだけ苦笑いを浮かべて頬を掻いていた。
「ちょっと俺にも見せてくれよ」
そう言いながら、ロベルトはオレから紙を受け取ってその内容に目を通す。
次の瞬間黙り込んだ。
「ん? なんで黙り込むんだいロベート? 僕も今までずっと見たいのを我慢してきたんだ。見せてくれる?」
クリードもロベルトアイシャの手紙を受け取って目を通す。
微笑みながら読み進めていたが、同じく表情を曇らせていく。
「……おぉ、これはまあ……」
少し驚いたように眉を顰めながら、手紙を俺に渡してくる。
クリードとロベルトは腕を組んで目を閉じた。
「これはなんというか、アレだね」
「アレだな……」
一度目を見て頷き合った後、二人は腕をさする。
「気持ち悪いな」「気持ちが悪いね」
同時にそう言った。
「ロベールもクリードもオレの母親を知ってんのか?」
変な呪いでも食らったかの様に寒気に襲われている様な二人に、オレは聞いてみる。
最初から思ってはいたが、ただの知り合いというだけにしては語り口調に親しみが隠せていなかった。
「俺たちはアイシャやロイ……もっと言えば先代皇帝夫婦達と学生時代からの同期だったんだ」
「ロイは知ってたが、母親もそうだったのか……」
ロベルトと戦った時にロイのことは聞いていたが、まさかアイシャという母親を名乗る女も一緒だったとは思わなかった。
アリシアの両親も同期となると、確かに昔クリードが言っていた「まさか、こんな運命があるとはね……」という言葉の意味も理解できる。
「学生の頃から『騎士科特待Sクラス】として、研修で世界各地を回らされて現地の問題を解決したり、ダンジョンで旧世界の遺物を見つけたり、腐敗政治をぶっ壊したり、人としての生き方を学んだり……いっちまえば戦友だ」
過去を懐かしむ様に語るロベルトと、腕を組んで頷くクリード。
英雄騎士と呼ばれるほどの功績を残した背景には、過去の【ルイ・カルメン学園騎士科特待Sクラス】という立場や仲間の存在はデカかったのだろう。
「この紙を書いたのはアイシャで間違いない……認めたくないが」
「そうだね」
再度手紙の内容を思い出したのか、青い顔をしているロベルト。
クリードもそれに同意する様に頷く。
「アイシャはどんな奴なんだ?」
オレは気になって、友人だという二人に実の母親のことを尋ねる。
二人は再度眉根を寄せで悩んだように腕を組む。
言葉を選んでいる様な様子だった。
「どんなやつ、か」
「言葉に困るね……」
友人だからこそ、その息子に言いにくいことがあるのか、頭を悩ませるロベルトとクリード。
母親が居たなどと言われたら気になって仕方がないので、どんな情報でもありがたい。
「教えてくれよ」
「……世界大戦時、500人からなる大軍を『酒盛りの声がうるさい』とたった一人で一晩のうちに全員を斬り殺した悪魔」
重い口を割って最初に話したのはロベルトだった。
過去のその悲惨な光景を思い出したのか、口元を抑えていた。
「学生時代に、ロイのことを田舎出身の父なし子と馬鹿にした教官をその場で殴り倒したこともあったなぁ。一撃だったけど前歯2本、鼻骨、上顎骨が折れてしまって、1ヶ月謹慎処分を受けたり……言葉よりも前に手が出る姉貴肌? かな?」
「……まじかよ」
まじかよ。しか出てこない。いや、本当にマジかよ。
手紙から感じた大人しくも強い母親のイメージは吹き飛んでいった。
話だけ聞くととんでもねぇじゃじゃ馬の様に思える。
ロイという男は寡黙ではあったが、冷静に自分をコントロールする人間だというイメージが未だにあるが、母親はとんでもない暴れ馬だった様だ。
少しだけロイに同情した。
「とんでもなく美人ではあったんだけどね。悩みを相談したら後ろからドロップキックをしてくる人だったよ」
「キレてる時は迂闊に声もかけられねぇくらいには、恐ろしかったな……」
クリードとロベルトは過去のトラウマから表情を暗く落としていた。
「ロベールより強かったのか?」
「当たり前だ。俺達が戦争で勝って英雄騎士なんて言われてるのは、アイシャとロイが居たからだぞ。家が貴族だったオレ達に光が当たってるだけだ」
ロベルトは即答する。
それほどまでにオレの両親はズバ抜けていたらしい。
「ちょっと、ロベート。僕は?」
「お前は後ろで震えてただけだろうが」
男が心外だとばかりに立ち上がるが、ロベルトは「本当のことだろう?」と往なした。
クリードは「だってあの人達、普通に味方に魔法打ち込むし……僕がどれだけ挨拶回りに向かったか……」などと恨みのこもった愚痴を吐いていた。
オレのことではないが、少しだけ申し訳なく思う。
「とにかく、手紙にもある通り、この剣はリドくんの剣だ。受け取ってくれるかな?」
「…………」
ゆっくり手を伸ばして剣に触ろうとするが、途中でオレは動きを止める。
「どうした? リド」
ロベルトがなにかあったか? とでも言いたげな視線をこちらに向けてきた。
「……この剣って、やっぱ高い?」
「そうだな。低く見積もっても小さな城くらいなら平気で買えるんじゃないか? デカい屋敷に広大な庭の屋敷を買っても、一生食うに困らないレベルだな」
英雄騎士ともなれば、名剣、聖剣、邪剣の類には詳しいのか、具体的な額こそ掲示しないが、それでもとんでもない市場価値だとわかる。
オレの意図を察したのか、クリードは目を見開いた。
「まさか売る気かい!?」
「……いや、売る気はねぇよ。一応母親の形見ってやつだし」
別に恩や義理なんて物を口にする気はない。
純粋になんとなく手放しづらいと思えるくらいに、この剣には吸い寄せられる様な魔力があった。
「っ!?」
鞘に入った剣を持った瞬間に分かった。
こんなに綺麗な見た目にも関わらず、この剣は観賞用なんかではない。
実戦特化どころの話でもない。
傷一つない鞘を見るだけでもわかる。
10年以上と長い年月の間保管されていて、その前には何百人も斬り殺している。
なのに埃どころか一切の穢れがついていない。
今さっき仕上がったばかりと言われても違和感を感じないほど、この剣は美しく感じる。
剣の柄を握って、鞘から刀身を抜く。
手のひらにズシッとした重みを感じる。これは良い剣の証だ。
刀身はロベルトと同じくらいの太さだが、切れ味は比べ物にならないだろう。
鞘に入った状態ですら軽く発光していた剣は、納刀状態とは比較にならないほど部屋を照らしている。
光の反射ではなく、剣の刀身自体が淡い光を放っていた。
オレが魔力を込めると、光はどんどん強くなり、なんでも斬れそうな気分になる。
「……驚いたろ。それが本物の聖剣ってやつだ」
ロベルトはオレを見てにやにやと笑う。
どこでアイシャはこんな物を仕入れたのか気になるが、今は剣の輝きに目を奪われる。
「多少剣をかじればその剣の凄さは見ただけで分かるからね。今まで僕の家に置いている間、いつ盗みに入られるか気が気じゃなかったよ」
肩の荷が下りたとばかりに安堵のため息を吐くクリード。
「……ほんとにオレが貰っていいのか?」
「お前のためにアイシャが残した剣だ。それに、ほかの人間が触ろうものなら、冗談抜きで呪い殺される」
「それは……あるかもね。アイシャならやりかねない」
呪いなどという曖昧な存在を信じたくなるほど、アイシャは恐ろしい女だった様だ。
「……なら、ありがたく貰っておく」
剣を鞘に入れ、空いていた腰のホルスターに剣を差し込む。サイズはちょうどだったので違和感は感じない。
むしろこれ以上ないほどしっくりくる様に思った。
「似合ってるじゃねーか」
「だね。ロイにそっくりだ」
二人は懐かしそうにリドを見る。
昨日ベティーにも言われたが、どうやらオレは若い頃のロイにそっくりらしい。
反吐が出るくらいには嫌だが、剣を10年預かってもらった恩もあるので口を閉じる。
そんな時、ちょうど都合良く理事長室の扉がノックされる。
「ロベルト様、朝早くから失礼致します。こちらにリドはおりませんか?」
どうやらノックの主人はエマだった様で、声が部屋に響いた。
クリードはロベルトが返事をするより早くソファーから立ち上がり、扉に歩き出す。
エマが開けるより先に扉を開いて両手を広げた。
「やあ、エマ。ひと月ぶりだね。リドくんとは良い感じかい?」
「お、お父様!?」
エマは突然現れた実の父親を見て驚いた声を上げる。
固まったエマをガシッと抱きしめて、頭を撫でるクリード。
頭を撫で回されるエマは満更でもなさそうに「恥ずかしいです父上……」と言っている。
そんな二人を見て、親子とは本来そういうモノなのだろうかと思う。
子供の頃のオレも、ああしてロイに頭を撫でられていた時はこんな顔を浮かべていたのかもしれない。
もしオレが普通に育っていれば、エマやアリシアと並んでこの学園に入学から入っていたかもしれない。
少なくとも、アイシャはオレを愛していると書いていた。
だからかはわからないが、以前から街で親子見ていた時に感じていた疎外感を今はもう感じなかった。
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