第5章 寝取られた男

第13話 糞な僕

Side:ウメオ


「プフラ、役人塾の申し込みをしてきました。行くのです」


 眠たいのにマリーに朝早く起こされた。


「へっ、役人塾?」

「そうですよ。隣の下宿にいる役人の卵達はみんな通ってます」

「パス」

「お母様、この分からず屋にビシッと言って下さい」

「プフラ、古来より芸は身を助くです。あなた、取り柄がないのですよね。なので豆を腐らせてお給金を貰っている」

「あれは偉大な発明なんだよ」

「なら、納得のいく説明をしてみなさい」

「焼いた肉に掛けると香ばしい良い匂いなんですよ。煮物にも使えるし、ドレッシングにも使える。刺身にも」

「あの腐った豆がですか。なら食べてみなさい」

「いや、完成するとそうなるというわけで」

「話になりませんね。世間知らずのリリン様ならころっと騙されるでしょうけど」

「お母様、私も騙されません。ですが、あれは芸のないプフラが一生懸命考えた飯のタネ。でも、リリン様がいつか騙されていると気づくでしょう」

「そうですね。その時、浪人になって、芸がないと大変です。腐った豆に金を出してくれるのはリリン様ぐらいです。現実が分かりましたか。役人塾へお行きなさい」

「へいへい」

「返事は、はい一回。いつになったらまともな返事ができるようになるんでしょう。占いが疑わしくなってきましたよ」


 とほほ。

 俺の金が下らないことに使われていく。

 だが、俺のためにやっているんだよな。

 だから、賠償が取れない。

 仕方ないか。


 役人塾とやらは表通りに大きな看板を掲げて、多数の人間が出入りしてた。

 儲かっているのか。

 この世界でも勉強しないといけないとはな。


 中に入る。

 受付があるので前に立った。


「体験に入学でしょうか?」

「分からんけどプフラの名前で申し込んであるはずだ」

「ちょっと待って下さい。ああ、エキスパートクラスですね。金色のプレートの教室です。これ名札です」


 胸に付ける名札を貰った。

 悪夢だ。

 異世界転移前に日本の会社でやった研修が思い起こされる。

 あれは酷かった。

 水のペットボトルを500円で売ってこいって。

 そんなの売れるかって投げ捨てたくなった。

 道に立って大声で挨拶も、こんなので成績が上がるのかよと馬鹿らしくなったもんだ。

 それにレポート。

 何度も出し直しを要求され、心くじけた。

 脱走した奴さえいる。

 あんなのは嫌だ。


 そっと、金色のプレートがあるドアを開ける。

 中は普通の教室だった。

 黒板に書いてあるのは九九。


 へっ、腰が砕けそうになった。

 これがエキスパート。

 ぼったくりじゃないか。


「さあ、3の段、さんいちがさん。さんにがろく」


 みんな復唱しているが、馬鹿らしくて声を出す気分じゃない。

 生徒の一人である男が手招きした。

 近づいて隣に座る。


「初めてだよね。僕はイイヤッツ」

「俺はプフラ。それにしてもこれを習っているのか」

「違うよ。授業の始まりには必ず唱えるだけ、本番は二桁以上の掛け算さ」

「ふっ」

「余裕だね」

「まあね、三角関数でもなんでもござれだ」

「何それ」

「どうやったら免許皆伝が取れるんだ?」


 とっとと終わらそう。


「試験で合格できればね。でも難しいんだ。落ちると妻に罵倒されてご飯作って貰えなくなる」

「苦労しているんだな」


 日本の教育を舐めるなよ。

 俺はさっさと試験を受けてエキスパートクラスを卒業した。


 醤油蔵のテーブルの上にロウソクが立てられた。

 殺しの会合だ。

 プリシラがもってきた依頼票を手に取って読む。


「これはっ」

「醤油屋どうしたの」

「知り合いの依頼だった」


 依頼はイイヤッツだった。

 パワハラ上司を殺して欲しいと。

 前金もないし、可哀想だが、ボツだな。


Side:イイヤッツ


「ばかもん、ここ間違っている。ここもだ。ここも」


 パワハラスから罵倒された。

 書類を見る。

 えっ、たしかそこはちゃんと書いたはず。

 僕が書いたのとは別の答えが書いてある。


「間違いだ。誰かが僕のを改ざんしたんだ」

「口答えするな。とにかく間違いが全部終わるまでは帰るな」


 僕の担当以外の書類も机に積まれた。

 パワハラスは僕を虐めるために生きているとしか思えない。


 はぁ、夜遅くなってしまった。


「ただいま」


 帰りの挨拶も小声だ。

 声を出す元気もない。

 ドアもゆっくり開ける。


「あんっ、主人が帰ってきます」


 この声は妻であるウワキローナだ。


「奴なら残業をいやというほど押し付けたからまだ帰って来ないさ」


 この声はパワハラス。

 くそっ、そういうことかよ。


「この野郎浮気しやがって! パワハラス表に出ろ殴ってやる」

「あらあら、仕方ない人ですこと。空気が読めないから出世できないんですよ」

「表に出ろって、この俺を殴れるのか。首になるぞ。もっとも俺は鍛えてるからな」


 パワハラスと殴り合いになった。

 なすすべなく殴られた。

 くそう、全部糞だ。

 僕は動けなくなるほど殴られた。


「兄さん」


 ウワキローナの兄のゴッツがきた。


「殺してほしい奴はこいつか」


 えっ、僕は殺されるのか。

 動けよ。

 体よ動け。


 木にロープが掛けられ、僕は吊るされた。

 体から魂が抜ける。

 空に暖かい光が見える。

 夜なのにな。


 あそこにはまだいけない。

 恨みを晴らしてやる。


「可愛い妹よ。こいつ殺して良かったのか」

「いいのよ。用済みだったから、いい機会だったわ」

「おいおい、俺は殺さないよね」

「もちろん、パワハラスさんが役所を首にならない限りはね」

「なら大丈夫だ。俺はエリートだからな」


 くそっ、くそう、くそしか言えないから僕はくそなのか、いやあいつらこそ糞だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る