第4章 写し盗られた印章
第10話 娘を頼む
Side:ウメオ
「ええと、ガキ大将が虐めますって。助けてあげたいけど。虐めの報復に殺しはね」
「まあな。賠償は取れるが、たぶん金貨数枚だろう」
「娼婦の待遇が良くなったって」
「機織り、どこで聞いてきたんだ」
「糸の納入先」
「私も聞いたわよ。悪徳娼館主とか殺されるんじゃないかってビクビクしてるらしいわね」
ギルド職員がボツになった依頼票を仕舞いながらそう言った。
「世の中が少しよくなったなら、あの殺しに意味があったのかもね」
「殺しに意味なんかないさ。ただ単なる復讐代行。正義とか絡めたら判断が鈍るぞ」
「これ」
機織りが依頼票をひとつ摘まんだ。
「前金は銀貨1枚積まれたわ」
ケチだが、願掛けだと思ったんだろう。
滅殺復讐ギルドの噂を流した時に願掛けと言ったからな。
「どれどれ、商売で騙されましたか。そんなのよくあることだろ。俺もしょっちゅう騙されているぞ」
俺は機織りが手に取った依頼票を覗き込み読んで、感想を述べた。
「うーん、魔道具を使った詐欺みたいね」
女領主も依頼票を覗き込んで思案顔。
何が機織りの心の琴線に触れたのか。
「糸買ってくれたのよ」
「顔見知りか。そうなら、なおさら冷静にしないとな」
「ええ」
そう言って機織りが依頼票をテーブルの上に戻した。
これといった依頼はなかった。
Side:シャランラ
「ごめんくださいな」
ワズフール商会の扉を開けた。
ドアベルがチリンチリンと音を立てた。
ワズフールさんは怯えた表情を見せると、すぐに柔らかい笑顔になった。
「ああ、シャランラさん。売掛金はなかったはずですが」
「ワズフールさんが、どんな感じかなって気になって」
店の中は閑散としている。
潰れそうという噂が出回っているのかも。
「ひょっとして私が、商売で失敗したという話でも聞きましたか。大丈夫です。ちょっと詐欺に遭いましたが、お役人様に訴えてこれから談判ですよ」
「それならよかった。あなた、私の糸に高値を付けてくれたから」
「良い物は高い。悪い物は安い。商売の原則ですよ」
「そう」
大丈夫そう。
悪い時もあるけど、悪いばかりじゃないわ。
Side:ワズフール
くそっ、やってくれた。
魔道具を使って印章を写し取るとはな。
印章を押す時に魔力を感知する手段を取らなかった私が悪いのか。
いや騙す奴が悪い。
「お父さん、大丈夫?」
「キュートナ、心配は要らないよ。父さんだって伝手はある。お役人に訴えるつもりだ。嘘判別スキルだってある。詐欺を証明する手段ならいくらでもある」
キュートナは妻の忘れ形見で可愛い一人娘だ。
「危険なことはしないでね」
「分かっているよ。じゃあ行って来る」
そう言って私は商会を出た。
喫茶店でお役人と待ち合わせ。
しばらく待たされ。
お役人であるダウシャル様がやってきた。
「済まないな遅くなった」
「いいえ、来て頂いただけで充分です」
「詐欺を働いたのはビッグブラック商会だったな」
「ええ」
「では行こうか」
ビッグブラック商会は、盛況だった。
くそっ、詐欺で儲けた金で流行やがって。
「これは皆さんどんなご用向きで」
憎たらしいビッグブラックの脂ぎった顔。
「ふむ、ワズフール殿が、そちが詐欺を働いたと訴えたのだ」
「何かの間違いでしょう。立ち話も何なので奥にどうぞ」
「白々しい」
だが、立っていても仕方ないので奥の応接室に入った。
「で、ワズフールさん、どのようなことをお疑いで」
「契約書に禁忌魔道具を使っただろう」
「ダウシャル様、私はそのようなことをしてません」
「ああ、分かっている」
むっ、雲行きが怪しい。
でもここで退いたら。
「ならば嘘判別スキルに掛かって貰いたい」
「お断りですな」
「そうだな。罪人ではないのに嘘判別は掛けられない」
「お前らグルだったのか」
「なんのことです。そうですよね、ダウシャル様」
「全くだ。変な嫌疑はやめて貰おう」
くそっ、ダウシャルは商売のトラブルを管轄している役所のトップだ。
こいつが白だと言えば黒も白になる。
「そっちがその気なら、私に使った手口を吹聴して回ってやる」
「困りましたねぇ。おい、レイコック出番だ」
ビッグブラックが糸を引く。
部屋に護衛らしき男が入ってきて、男は剣を抜くと、私の胸に突き立てた。
くっ、魂が体の上に漂うのが分かる。
「余計な手間を掛けさせる」
「ビッグブラック、分かっておろうな」
「ええ、小金色の串焼きをお持ちしますよ」
「さて、ワズフールはビッグブラックの所に借金にきて断られ、護衛の剣を抜いて自分の胸に突き立てた」
「そうでございます。これにて一件落着ですな。はははっ」
「はははっ」
許さん。
この恨みを誰か……。
ああ、空に暖かい光が見える。
あそこに行ったらたぶん。
恨みを晴らすまでは、体から離れん。
体が荷車に載せられ、ワズフール商会まで運ばれた。
キュートナが店から凄い勢いで出て来て、私の遺体に取り縋って泣いた。
「危ないことはしないって言ったじゃない。嘘つき」
「キュートナちゃん、後は任せて」
「シャランラさん」
シャランラさん、キュートナをよろしくお願いします。
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