第49話 ブラッディタイガー

 夜のダンジョンを進んでいく。

 暗闇に光る黄金色の一対の眼。

 いきなり伸し掛かられた。

 くそっ、俺は聖剣を半分だけ抜いて、伸し掛かってきたものを押しとどめる。

 それは、トラ型のモンスターだった。


 俺はモンスターの体から這い出ると背後に回り首を掻き切った。


「油断し過ぎよ」


 プリシラの咎めるような声。


「こちとら、一般人なんでね。戦闘訓練は受けてない」

「それにしては、手慣れていたけど」

「レベルが高ければ誰だってあれぐらいは出来る。なんて名前のモンスターだ?」


「ブラッディタイガー、Bランクよ」

「来るのが分かっていれば容易い。今度は油断しない」


 暗闇に目が見えた途端。


「【次元斬】」


 ブラッディタイガー自身が自分の血で血まみれになった。

 皮肉が利いている。


 運び込まれるアンデッドの怪我人が多くなった。

 ブラッディタイガー、強いんだな。


 カーカス、リギッド、リベンジャーは一度も運ばれて来ない。

 まあ当たり前だが。


 特にリベンジャーが運ばれてくるようになったら、俺以外は敵わないだろう。

 リリム達は大丈夫かな。


 鋭刃4重に切れぬ物なしとか言っていたっけ。

 Aランクまでは苦戦して貰っては困るんだけどな。


 聖騎士の姿も見えなくなった。

 聖騎士の一団は、おそらく冒険者を寄せ付けないために配置されたと思われる。

 リベンジャーの所がちょっとイレギュラーだっただけだ。

 普通のヴァンパイアだと思って突撃したのだろう。

 ウザリはリベンジャーを避けたのだな。

 相変わらず強敵には鼻が利く。

 そして、強い奴からは逃げる。


 聖女がそれでいいのかよと思わないでもないが、いつか倒せれば負けじゃないとほざくんだろうな。


「ブラッディタイガーなんか楽勝よ」


 リリムが帰ってきた。


「苦戦しなかったみたいだな」

「シャランラの緑魔法があれば森は余裕よ」


 植物に拘束されて、リリムとメッサが止めを刺す光景が浮かんだ。


「シャランラの魔法での拘束禁止な」

「そんな」

「楽したら強くなれないぞ」

「くっ、やってやる」


 リリム達の後をついて行った。

 リリムとメッサが前衛でブラッディタイガーと対峙する。

 双方とも力量が分かっているかのようだ。

 空気がピンと張り詰める。


 しびれを切らしたブラッディタイガーが先に動いた。


「【鋭刃×4】」


 リリムの斬撃は空を切った。

 メッサがブラッディタイガーの腹に突きを放つ。


 ブラッディタイガーが飛び退き、いったん仕切り直しになった。


「【身体強化】【幻影】【鋭刃×4】、これが私の全力よ」

「【身体強化×2】同じく」


 リリムが先陣を切り、メッサが後に続く。


 今度のリリムの剣は、空を切ったように見えて、それは幻影だった。

 本物の刃がブラッディタイガーの片目を切り裂いた。


 メッサの突きが、ブラッディタイガーの無事な方の目を捉える。


 両目とも潰されたブラッディタイガーは敵を見失った。

 リリムの剣がバターでも切るようにブラッディタイガーの首を落とす。


 うん、及第点だな。

 正攻法で勝てなかったのは減点だ。

 だが、いまは褒めてやろう。

 少し前まではCランクだったのだからな。


 プリシラのもとに戻る。

 リリム達が帰ってきたので、何気ないふりを装う。


「やってやったわよ」

「よくやった」

「それだけ」

「目を潰したのは良い判断だ」


「ちょっと! 見てたのね」

「まあな。俺だってただ枷付きでやれなんて言わない。危ない時には助けに入るつもりだった」

「過保護なんだから、だからリリムさん達が伸びないのよ」

「プリシラは俺のせいだって言うのか」

「さあどうかしら」


「私は子供じゃなーい!」

「そういうことを言うと子供みたいよ」

「むきー」


「プリシラ、あんまりからかうな」

「だって、可愛いから」


 プリシラは暗殺者の雰囲気があるな。

 修羅場をくぐった人、特有の雰囲気とでも言おうか。

 そういうものがある。


 リリム達はあまり危険な目に遭ったことがないのだろう。

 箱入り娘の雰囲気がある。

 リリムの箱入り娘の雰囲気が無くなったら、たぶん俺は必要なくなる。

 でも、そんな日はなかなか来ないだろう。

 よっぽど強烈な経験をしない限り。


 そんな日が来て欲しいような、来て欲しくないような。

 過保護かな。

 千尋の谷に突き落とす獅子のようにはなれない。

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