第2話 異世界への入口――霞が関地下

 死刑囚星野ほしの翔太朗しょうたろうを含む、調査員三六名が大阪拘置所を出発したのは、深夜の出来事だった。


 行き先は知らされていないが、着くのは朝方であるので寝ていろという。それだけの時間があれば、東北より下のどこにでも、自分たちを運ぶことができるだろう。


 あまり興味もなかったので、言われたとおりに翔太朗しょうたろうは目を閉じていた。

 それから五時間ほど経過しただろうか。

 太陽の気配を察した調査員たちが目を覚まし、互いに会話を始めている。

 普段であれば厳しく咎められる私語だというのに、見張りの男は何も注意しようとはせず、ただ、調査員の動向だけを神経質そうに見つめているのだった。


 いきなり変わる態度に面食らってしまうが、それだけ大きなことを任されたのだという使命感も、心なしか湧いて来るように感じた。


 翔太朗しょうたろうが目を覚ましたことに気がつくと、隣に座る男が顔色を窺いながらも彼に話しかけている。


「よう、星野ほしの翔太朗しょうたろうだよな?」

「そうだが……お前は?」

真司しんじたちばな真司しんじだ。月に一度の昼食会で、いつも顔を合わせているんだ。喋ったことはなくても、名前くらいは知っているだろう?」


「悪い、いつも一人でいたんでな」

「そう言えば、そうだったな。まあ、お前に比べれば俺は全然有名人じゃないよ」


 自分が有名人?

 どういう意味なのかと、当然のように浮かんだ疑問には、斜め前に座る男が答えてくれていた。何ともまあ、冷たい印象を受ける顔立ちだ。どうやら、この車内には全部で、一二人の調査員が乗っているらしい。


「そりゃお前は有名人だろう。お前の事件はみんなが知っている。高校生の時、交際していた(裕菜)輪姦まわされた。それを知ったお前は実行犯の六人を殺害。躊躇なく全員を殺しているんだ。惚れた女のためにそこまでできるとは、中々の男だよ。お前、見所あるぜ」


「そりゃどうも……」

「もっとも、隣のそいつに比べれば霞むがな」


 釣られて真司しんじのほうに向きなおれば、彼から逆側だと諭される。そこには翔太朗しょうたろうでさえも知っている人物が座っていた。


「知らねえとは言わせねえぜ。ガキでも知っている、戦後最大の通り魔だ」


 永田ながたたけし。合計三二人をめった刺しにし、そのうちの二四人を殺害した死刑囚である。こんな大物まで大阪拘置所に収監されていたとは、今日の今まで全く知らなかった。


 無遠慮な男の言動にも、たけしは気にした様子を見せず、翔太朗しょうたろうに向かってマイペースに喋りだしている。


「俺さ、萩佳しゅうかさんのファンなんだよね」

萩佳しゅうか?」

天ノ梢てんのこずえ槇原まきはら萩佳しゅうか。知らない?」


 カルト教団天ノ梢てんのこずえと言えば、何人もの死刑囚を作った日本で最大の団体だろう。たしか、その教祖の名前が槇原まきはら萩佳しゅうかだったような気がする。そのファンということは、たけし天ノ梢てんのこずえの信者ということなのだろうか。


 いくらここにいる全員がアウトローとはいえ、さすがに翔太朗しょうたろうとしても、カルト教団とはお近づきになりたくない。やんわりと断ろうとするが、どうやらたけしはそうではないらしい。


「すまないが、あまり詳しくないんだ――」

「ああ、勘違いしないで。俺は信者じゃないよ。俺が殺した人の中にも、信者っていたみたいだからね。誰を殺したかなんて、一々覚えていないけど。俺は萩佳しゅうかさんのファンなだけ。天ノ梢てんのこずえなんかどうでもいいよ」


 それを聞いた斜め前の男は、たけしのことを鼻で笑う。


「はっ。お前も萩佳しゅうかに騙された口かよ。いるわけねえだろう『天使』なんて(笑)」

「凡人に、あのカリスマ性がわからないのは仕方ないことだよ」


 たけしに煽られ、男は手を出そうとするが、見張りが鋭く睨んだために腕を引っこめていた。


「やめろよ。俺たちはチームの一員だろう?」


 話の方向が読めず、翔太朗しょうたろう真司しんじを見返す。


「ああ。翔太朗しょうたろうは寝ていたから、聞いていなかったよな。ここにいる調査員のうち、前方の六人で一つのチームとなる。俺たちは第⑤班、そして後ろの六人が⑥班ってわけさ」


 真司しんじに促され、翔太朗しょうたろうが面々の顔を見回していく。

 真司しんじ・老人・女性・男・たけし、そして翔太朗しょうたろう

 意外だったのは、やはりそこに女性が混じっていたことだろうか。女性の死刑囚は珍しい。名前はそれぞれ、宗一郎そういちろう愛莉あいり拳斗けんとと言うのだと、のちに真司しんじが小声で教えてくれた。


「みんなには悪いが、⑤班のリーダーは俺が任された。そういうことで一つ、よろしく頼むよ」


 真司しんじが挨拶を終えたあと、翔太朗しょうたろうは彼と簡単な話を続けていた。

 自分だけが相手の過去を知っているのは、どうにも不公平だと思ったのだろう。真司しんじ翔太朗しょうたろうに、少しだけ自分の犯した罪について語ってくれた。曰く、人を殺すために放火したのだ、と。


 他人には言いにくいことを話してくれた。

 その気遣いは、真司しんじを信用できる人間だと思わせるには、十分なものだった。

 まもなく、一同を乗せた車両が霞が関に到着する。

 異世界パースへの入口があるのは、その地下である。

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